夜る


 青くなった風。赤みがました匂い。


 懐かしく、モノトーンに落ちる景色。


 夏の日差しなのに、時間は緩く、ほどけるように過ぎていく。まるで時計の針が、私にだけ遠慮しているみたいに。


 雲が低くなって、近くに感じられる。ときどき吹き抜ける風は、勢いよく頬をなでていくけれど、不思議と乱暴には思えない。


 髪が舞う音さえ、音楽の一部のように心地いい。そんな、不安定で、けれどどこか優雅な季節。


 夜になると、景色はまた別の表情を見せる。星が冷たさを孕んでいて、冬とは違う顔を覗かせる。

 

 線を引いたようにくっきりしているのに、どこか儚くて、霞んでいる。煙とも違う、白く淡いベールのような境界線。

 星空のオートクチュールに着飾った夜は、みんなの視線を釘付けにしている。夜に見惚れながら、私は歩く。


 夜道なのに、なぜだろう、昼間よりも明るく感じる。

 街灯と店の明かりが、柔らかくなり、丸くぼやけて、光の粒になって宙を漂っている。


 そこを歩いているだけで、世界は舞台に変わる。私は観客ではなく、主人公だ。


 反射するガラスの窓に、流し目を送ってみる。格好をつけるのに、理由なんていらない。夜にスポットライトが当たる、こんな夜だからこそ、少しの遊び心が許される。


 ポケットに手を突っ込んで、気取って歩く。信号で立ち止まると、車の灯りが、シャンシャンと瞬く。ランウェイの写真みたいだ。


 いい気分だ。自分だけのイメージが、街に満ちているような錯覚に酔う。


 再び歩き出すと、風がスカートの裾を遊ばせる。


 気づけば、足取りは軽くなっていて、雑踏の中で、人々が笑い、車のライトが流れ、どこかの店から音楽がこぼれてくる。


 私はその中に溶け込みながら、主人公になることを辞めれない。


 でも、それでいい。それが、今この瞬間だけの贅沢だから。


 光と闇が混ざり合い、境界線が溶けていく。昼と夜のあいだ、現実と幻想のあいだ。私はその真ん中に歩いている。


 白く霞がかった境界線が、遠くに揺れているのを見上げながら、見惚れながら、こんな夜は、明日には忘れている。


 いつもの夜、昨日とはちょっとだけ違う夜は、毎日くるからだ。


 理由なんてなくても、美しいと感じる時間は、それだけで貴重な体験だ。


 優雅で、楽しくて、ただそこにいるだけで、世界が鮮やかに見える時間。

 そんな夜を、私は毎日見惚れている。







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