夏の終わりに風鈴が鳴る
部活をしていると、夏という季節は、だいたい敵だ。
私は吹奏楽でもバスケ部でもなく、もっと地味な、汗と無縁そうに見えて、実際は地獄みたいに暑い「演劇部」にいた。体育館の舞台は、風通しゼロ。エアコンなんてあるはずもない。
今日の稽古の合間に、水道の蛇口から水をがぶ飲みしながら、「これ、役者じゃなくて修行僧でしょ」って言って笑っていたところから先の記憶がない。
そんな地獄を、私は「青春」だと信じていた。というより、信じないとやってられなかった。
で、稽古が終わったあと、私はひとりで校舎を抜けて、駐輪場の脇にある小さな駄菓子屋に寄った。
ガラスの扉を開けると、呼び鈴がガラガラとなる駄菓子屋。汗で濡れたシャツに染み込んでくる冷気。
コンビニでは売ってすらいない。巨峰のシャーベットアイスを扉の横の冷凍庫から取り出して、一本買った。
シャーベットを食べながら歩く帰り道、空がオレンジ色をして、やけに暑苦しかった。
夕焼けのオレンジは、部活帰りの高校生を一瞬だけ、映画の主人公にしてくれる。私はシャーベットを持ち掲げながら、ラストシーンの一言を言おう考えてみたけど、全然思いつかなかった。
実際に浮かんだのは、くだらない言葉ばかり。
「アイスが冷たい」とか、「あと一本買えばよかった」とか。
そんなのラストシーンの台詞には合っていない。
……でも、これが主人公になりきれない本当の私。だって今もキョロキョロと周りを見渡して、誰も居ないことに安堵したぐらいだ。
家までの道は、いつもより遅く感じた。
夕焼けに照らされたアスファルトは、まだ昼の熱を溜め込んでいて、スニーカー越しに、じんわりと足の裏を焼いてくる。
手にはシャーベット。袋の内側で、紫色の氷が少しずつ溶けて、甘い匂いを指先にまとわせた。
湿った風が通り過ぎて、夕焼けの匂いが鼻をかすめる。それと、どこかで風鈴が鳴っていて、耳に心地よく入ってくる。
伸びた電柱の影に、うるさいぐらい鳴く蝉の声。公民館から発せられる五時のチャイムを聴きながら、キラキラと白くまばらに輝く川に視線を落とす。
何気ない、いつも通りの時間なのに、なんだか全部が鮮明で。
私の夏の終わりのラストシーンは、勿体ないぐらいの演出がほどこされている。
映画の主人公じゃなくても、この夏、この道、この景色は、確かに私のものだ。
スキップは恥ずかしいからしない。でもちょっとだけ胸を張って歩こう。それぐらいはいいだろう。
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