さすれば月を迎えに行こうか
私は月が赤くなる時を知っている。
廊下ですれ違ったとき。プリントを配っていて、ふと振り返ったとき。朝の昇降口で「おはよう」と声を掛けたとき。
友達の距離から、一歩前に踏み出したとき。
雨の日も、蝉の鳴く夏の日も、吐く息が白くなる冬の日も。たそがれた春の日にも。
そのすべての季節で、君は私を目で追っていた。
その視線に気付いていないと思う?
いいえ。私はちゃんと気付いている。けれど、気付かないふりを心がける。そうでもしないと、君の視線を独占できない。
周りの友達が「二人って仲いいよね」なんて囃し立てると、君はたちまち目を泳がせる。
勇気を振り絞って一歩前に来るかと思えば、私が半歩進むだけで、すぐに後ろへ引いてしまう。
面白がって、また一歩出すと、すぐ教室の外へ向かってしまう。
そんな分かりやすい人に、私は出会ったことがなかった。
そんなに勇気がなくて、そんなに正直な反応しかできない人に、今まで会ったことがなかった。
笑いかければ、顔中が真っ赤に染まる。
声をかければ、呂律が回らなくなって、単語ひとつ出すのにももどかしい時間がかかる。
そして視線は、まるで逃げ道を探すかのように、あっちに行ったり、こっちに行ったりして落ち着きがない。
そういう、無意識の仕草にまで「君の動揺」があふれていて、見ているとおかしくて、からかいたくなる。
素直で、誠実な人だということは、ずっと前から知っていた。
けれど、こんなに面白い人だったとは知らなかった。
私の心を、こんなにもざわつかせる人だったとは、想像していなかった。
君を見ていると、胸の奥が熱くなる。笑いそうになるのに、なぜだか触れ合いたいと思ってしまう。その理由を、私はまだ言葉にできない。
それを言葉にしちゃうと、この面白い関係が終わってしまう。
ただひとつだけ。
君の頬を染めるその赤は、私と触れ合う時だけだ。その関係は誰にも取られたくない。誰にも譲らない。
逃げる背中を次また見せたら、こっちから月を迎えに行こうか。
そのとき私は、もう気付かないふりなんてしない。
君の手を掴んで、君の視線をまっすぐ受け止める。
私から月を食らおう。
赤い光に照らされたその顔を、独り占めして。
君がもう逃げられないように、面白い関係を終わらせて。
その時に私は、君の頬の赤が移るのだろうか。……今からでもドキドキしてる。
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