よなしぐさ

 ……ジメジメしてむさ苦しい。


 今日は、雨だ。放課後になると学校中に吹奏楽の音が響き渡っていた。トランペットの高い音が伸びて、クラリネットがやわらかく重なる。 校舎の一階では、雑多ざったな運動部のオンパレード。シューズのきしむ音、ボールを打つ音、かけ声。廊下の左右には、所狭しと人がいた。


 私は部活をしていない。だからかまるでその雑踏ざっとうの中では、私だけがちょっとだけ浮いているような、そんな気がした。


 部活している人を踏まないように避けて歩く。私は図書室で、本を借りてきた。 面白そうな本で……帰ってから読むのが楽しみだ。


 昇降口が見えてくると、いっそう雨の匂いがして、ザーザーと雨の音が強まり、とたんに吹奏楽の音をかき消した。湿った風が頬を撫でて、ほんの少し、いやかなり鬱陶しい。


 灰色にくぐもった雲を見て、視線を横に落とすと、途方に暮れている友人がいた。


 ……傘を持っていない君。立ちすくんで、私のように空を仰いでいる。濡れてしまうのはわかっているのに、動こうとしない君が、どうしようもなく愛おしかった。


 私が傘を差すと君は笑って、「助かった」と言いながら急に私の傘の中に入ってくる。その声は雨音の中でも一番澄んで聞こえた。私の胸の奥はざわついていて、すぐに君から視線を外した。


 傘を打つ雨粒が、私の鼓動に重なっていく。君が笑ったとき、胸の奥がじんと痛んだ。どうして私はこんなに君の笑顔に弱いんだろう。


 肩も少しでも触れようものなら、カチカチと全身が強ばった。その距離が、苦しくて。でも、心地よくて。


 気づかれたくなくて、わざと軽口を交わす。


「この雨、台風並みじゃない?」なんて言った私の声は、あきらかに震えていた。そして、君の話に流されるままに相づちを返す。


 周りの景色なんか目に入ってこなかった。ただ、君の横顔ばかり目で追っていた。


 雨は強くなるばかりで、アスファルトを叩く音が耳を埋めていく。


 ……私はよなしぐさ。君の人生には引っかかりもしない、つまらない人間。そう考えると無性に目頭が熱くなって、胸が締め付けられる。


 ……でも、それでも、この時間だけはそばにいられた。どうせならこんな日が、ずっと続けばいいのに。


 明日も、雨が降ればいい。明後日も、雨が降ればいい。


 ……そうしたら、この傘の下、君とまた歩けるのに。


 だから私は、てるてる坊主を逆さにして、脅して……ううん、違う。願っておくことにした。


「明日も、雨にしてください」……と。









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