夏色のアンスリウム



 息巻いて、息吐いた。


 蝉も鳴き疲れた午後は、どろりと汗を流し、手のこうに熱い息を吹いて、あごに触れると汗は血液のように手からひじまで流れ落ちていく。


 ……鬱陶しい熱さ。


 最高気温を随時更新し続けているこの夏よりも、

 もっと暑かった夏を、私は知っている。




 夏色を着飾っていた、青と白の服が似合う年のころ。

 君と、よく並んで歩いた。

 汗を拭うふりをして、ほんとは君の横顔を盗み見ていたこともある。


 でも、君は気づかない。

 いつだって、視線の先には私じゃない別の誰かがいた。

 私が勇気を出そうとするたびに、

 君は無邪気に笑って見せた。


 私の好きを冗談にするみ。


「好き」って言葉は嫌いだ。

 あの日も、その次の日も。

 何度も、何度も。

 けれど、本気にはされなくて、

 蝉の声がうるさくて……

 暑さがうっとうしくて……。

 私の小さな想いなんて、きっと届かない。


 ……届かせる勇気も、なかった。


 真剣に君の名前を呼ぶだけでよかったのに。




 君は隣に居ても遠かった。

 声をかけても、心までは届かない。

 ただ笑って、ただ並んで……

 それだけで精一杯だった。


 私にはあの夏より暑い夏なんてもう来ない。

 君を好きだったあの熱さは、

 私の中で一生更新することはない。



 それでも君を近くで見ていたかった。

 君を好きでいたかった。

 

 

 ……私は忘れない。


 暑くて、苦しかった。


 あの夏を。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る