サクッと読める掌小説
海の紅月 くらげさん
夕涼みの手紙
藍く空に、ひとつ紅く
いやだわ、正直に言いますと、伸びた顔を見られたくないのです。金魚鉢の水面を覗いているように暑くて溶けた顔を晒しているのですもの。
蝉の声が重なり合い、夕暮れの終わりはいっそう濃い藍へと沈んでいきます。
そうしたらこの距離が少しでも埋まる気がするの。ほら、貴方様の笑う声が聞こえた気がしました。
近頃、チラホラとハイカラな着物を見ます。週末には大きなお祭りがあるようで。子供の頃の夏祭りを思い出させます。赤い水風船、りんご飴の甘い香り、手の中で溶けた氷の冷たさと。
催促するようで悪いのだけど、貴方様と並んで歩けるなら何だってするわ。わたくしもそこら辺のお嬢さんには負けないほどオシャレにしますから、お楽しみになさってくださいませ。
お祭りになると、真っ直ぐな瞳をしている貴方様は人気でしょうけど、わたくしは上品な飾りになるように勤めを果たします。
手紙に筆を走らせていたら、縁側に置いていた硝子のコップの氷がすくって口に含むほどの水になっておりました。
一言二言しか返さない貴方様の手紙も、晩のご飯をおざなりにしてしまうほどの時間、考えておられるのでしょう。ですが、ちゃんと食べてください。
わたくしは貴方様の健康だけを願っています。熱でも出していたら、すぐに荷物を持って遊びに行きますよ。
風鈴の音が、まだいっとき鳴る夏の夜は、ゆるると流れる雲も、段々とご機嫌を損ねておいでです。
わたくしの心象がこの天気模様に移り変わらないよう、日々を元気でお過ごしください。
それでは、ごきげんよう。
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