トイレの悪神様

仁木一青

第1話

 高校二年生になった初日だ。

 教室から一番近いトイレが使えないと告げられた。


 先生が言うには、トイレの神様が怒り狂っているから使用できないそうだ。


 なんでも、前年の二年生の悪ふざけのせいらしい。

 神聖な場所を汚されたトイレの神様は、それはもう激怒したということだった。


 トイレの入り口からして禍々まがまがしい気配が漂っていて、近づくだけで背筋がぞっとした。何人かの勇気ある生徒が侵入を試みたが、みんな目や口に放水されてびしょ濡れのまま、ほうほうのていで教室に逃げ戻ってきた。


「あんなのトイレの神様じゃない。トイレの悪神様だ」


 ずぶ濡れになった奴らが口々にそう言っていた。


 これは他の階のトイレを借りるしかない。

 他のやつらはみんなあきらめたが、それが俺に火をつけた。

 絶対にあのトイレを使ってやる。


 俺の挑戦が始まった。


 挑戦一回目。

 お経作戦。

 般若心経はんにゃしんぎょうを唱えながらトイレに行く…………失敗。仏の加護は通じず。


 挑戦二回目。

 完全防水作戦。

 レインコートを着込み、傘を差して万全の装備でトイレに向かう……失敗。四方八方から強力に放水され装備の意味なし。


 挑戦三回目。

 転校生作戦。

 よその高校の制服を借りて、転校生のフリをしてトイレに行く…………失敗。他校の学生も攻撃対象。


 挑戦四回目。

 教育実習生作戦。

 前回の改良版。社会人の兄からスーツを借りて、教育実習生のフリをしてトイレに行く…………失敗。考えてみれば先生も使わせてもらえてなかった。


 それからもりずに挑戦を続けたが、連戦連敗だった。


 そんなある日のこと。


 朝、教室にカバンを置いた瞬間、俺を突然の腹痛が襲った。


 小走りでトイレへ向かったが、肝心の一番近いところは神様が怒り狂っている。

 心の中で悪態をつきながら他の階へ行こうとした。ところが。


 足が、勝手に悪神様のいるトイレに向かっていく!


 ちょっと待て、そっちじゃない!

 心の中で叫んだが、まるで見えない手に引っ張られるように、使えないトイレへと足が進んでいく。恐怖と腹痛で冷や汗が止まらない。


 ところが、トイレに入っても放水の妨害がない。それどころか、奥の個室の扉が誘うように開いている。


「ええい、もうどうなっても知らん!」


 俺は覚悟を決めて開いている個室に飛びこんだ。


 そして……。


 すっきりした。本当に、心の底からすっきりした。


 軽やかな足取りでトイレから戻りながら、俺は不思議に思った。

 今まで何十回も挑戦して失敗してきたのに、なぜ今回だけ?


 もしかして、純粋に困っている人には神様も慈悲をかけてくれるのだろうか。


 翌日、俺は検証のため我慢をした後、あのトイレに向かった。しかし、まるでプールに突き落とされたような全身びしょびしょになって追い返された。やはり、あの日だけが特別だったようだ。


 そして、その日の夜から妙に座るのが辛くなって、翌日病院に行くと軽い痔だと診断された。


 使えないトイレを使ったペナルティはしっかりとあった。

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トイレの悪神様 仁木一青 @niki1blue

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