第3話

目を開けると、視界いっぱいに髭面のオッサンが立っていた。

まるで雷鳴のように腹の底から響く声が耳を打つ。


「エリー、シャルが目を開けたぞ!」


がなり立てるようなその声に、自然と鼓膜が震える。

すぐ横から「はいはい、わかってますよ」とでも言いたげな、落ち着いた調子の女の声が返ってきた。


「ハイハイ、あなたはいつも大袈裟ねぇ。しかもそんな大声を出したら、シャルが驚いちゃうじゃないの」


その声の主へと視線を向ける。

そこにいたのは――真っ白な髪を腰まで垂らした、目を奪われるような絶世の美女だった。雪を思わせる肌に、透き通るような紫水晶の瞳。柔らかい笑みを浮かべるその姿に、直感的に理解してしまう。


――あぁ、この人が母なのだ、と。


転生するとは聞いていた。だが、まさか本当に赤ん坊から人生をやり直すことになるとは思っていなかった。頭の中で「赤ん坊スタートかよ!」と突っ込みながらも、言葉にならない。なにせ声帯はまだ赤子仕様なのだ。


そんなことを考えていると、不意に体が宙へと浮かんだ。

髭面の男――先ほどの大声の主が、私をひょいと抱き上げたのだ。


「おお……!」


感嘆とも歓喜ともつかない唸り声をあげ、強面がぐいっと近づいてくる。

ごつごつした頬、獅子のように濃い髭、鋼のような腕。思わず「うわっ!」と泣き声をあげそうになったが――ぐっとこらえる。


(流石に三十年生きてきた手前、こんなことで泣くのはプライドが許さん……!)


必死に涙腺を締め上げる私を見て、白髪の美女――エリーはくすりと笑った。


「あら、この子……あなたに抱かれて泣かなかった子は、初めてね」


「おお! なんと健気な! この子はきっと強くなるぞ!」


髭面の男が破顔し、雷鳴のように笑う。その笑い声は壁を震わせるほど豪快だ。


「まだわからないけれど……勇敢な子ではあるでしょうね」


エリーは優しく微笑みながら言葉を継ぐ。


「あるいは単に鈍感すぎるだけかもしれないけれど……まあ、英雄公爵様の子供なのだから、弱い子に育つはずがありませんもの」


英雄公爵――。

聞き覚えのない肩書き。しかし本能的に悟った。この髭面の男こそが父であり、私はどうやら、とんでもなく由緒正しい家に生まれ落ちたらしい。

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