第2話
「ジジイから女に変わるとか、どんな体のつくりしてんだよ!!」
「……まれ」
「あ?」
唐突に意味不明な単語を吐き捨てる女神(?)。次の瞬間、彼女は大きく息を吸い込んだ。肺が破裂するんじゃないかというほど深く、長く。
「だまれだまれだまれぇぇぇッ!!」
絶叫とともに、彼女の身体は弾かれるように宙を舞う。怒りに駆られ、藍原に飛びかからんと一直線。
「なに発狂してんだお前」
冷静な突っ込みを口にした直後――
――バコンッ。
鈍い音が空間に響き渡る。
女神の腹部に、鋭い衝撃が突き刺さった。
藍原優菜は、実はただの社畜OLではない。
実家は古来より武術の宗家。幼少期から「女であっても跡取りとして恥じぬように」と、毎日のように竹刀や拳を叩き込まれてきた。上司のパワハラも取引先の無茶ぶりも、全部あの理不尽な稽古に比べればまだ可愛い。
つまり彼女は――地球人を気まぐれに転生させて遊んでいただけの女神ごときでは到底敵わない存在だったのだ。
「ぐ……ぬぉ……!」
女神は呻き声をあげて膝を折る。しかし彼女はすぐに顔を歪め、どこからともなく赤いボタンを取り出した。
「なっ、なんだそれ」
「これで終わりじゃあああッ!!」
――カチリ。
ボタンが押された瞬間、藍原優菜の全身がまばゆい光に包まれる。
眩しさに目を開けていられない。
「ヒャハハハハハハァァァ!!」
女神は狂気に染まった笑いをあげる。
光に翻弄されながらも藍原は叫んだ。
「何がおかしいッ!!」
「お前は何も知らず……“悪役令嬢”に転生するのだ! 待っているのは断罪、処刑、破滅ッ!! 未来は変えられぬ! ククククッ!」
その時だった。
女神の身体がぐにゃりと歪み、闇に染まり始めたのだ。
光を呑み込み、肉体は黒い炎に焼かれ、化け物のような輪郭へと変貌していく。
「くそガァァ……! モウ……トマラヌ……! ワレハ……邪神化スルゥゥ!!」
断末魔を上げながら、女神――否、女神であったものは黒い巨影となり暴れだそうとした。
しかしその瞬間、天を突くほどの光柱が現れ、黒き肉体を焼き尽くした。
断末魔は悲鳴とも笑い声ともつかぬ声へと変わり、やがて闇は霧散する。
「……!」
光の中から、一人の男が現れる。
長い銀髪、翡翠色の瞳、尖った耳。絵本に出てくるような、いかにもファンタジーの世界の住人――エルフと呼ぶのが相応しい男だった。
「……もう、この転生を止めることはできぬ」
彼は険しい表情で言い放つ。
だが同時に、苦しげに目を伏せ、悔恨の色を浮かべた。
「すまない。この愚かな女神には滅びを与えた。だが君には、せめて――祝福を与えよう。君の人生に、どうか……幸多からんことを」
その声が鼓膜を震わせた瞬間。
「――ッ!」
藍原の頭に鋭い痛みが走った。脳がかき回されるような激痛に、身体の力が一気に抜けていく。
「……っ……」
視界が揺れる。立っていられず、その場に倒れ込んだ。
閉じゆく瞼の隙間から最後に見えたのは――
胸に手を当て、すまなそうに瞳を伏せ、こちらに向かって深々と祈りを捧げるエルフの姿だった。
――そして、私の意識は闇に沈んだ。
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