第7話僅かな光

僕の意識は、深い闇の底に沈んでいた。

そこには時間も空間もなく、ただ静寂だけが広がる。

心臓の鼓動も、呼吸も、すべて消え去った世界。

闇の中で、過去の記憶がぼんやりと浮かぶ。

窓の外の夜景、黒い花、紺色の蝶 。すべてが遠く霞んでいく。


そして、微かな光が見えた。

最初は点のように小さく、やわらかく揺れていた。

次第にその光は大きくなり、温かさを帯び、金色の蝶の形をしていることがわかった。

羽が羽ばたくたび、胸の奥に微かな振動が伝わり、心臓が僅かに動き始める。


「……戻ってきていいの?」

震える声で呟くと、蝶は静かに羽を広げ、光を増す。

胸の奥の重さが少しずつ和らぎ、呼吸が自然に入ってくる。

まるで闇の中に溶けていた血が、体中を巡るような感覚だった。


目を開けると、保健室の天井がぼんやりと光に照らされている。

周囲の音が少しずつ戻ってくる-時計の秒針、遠くの話し声、紙をめくる音。

まだ世界は暗い。でも、胸の奥には僅かな光が残っていた。


金色の蝶は、最後に僕の目の前でゆっくり舞い、窓の外へと消えていった。

その背中には、赤く光る紺色の蝶の影が少しだけ混じっていた。

それでも、僕は恐怖だけではなく、わずかに希望を感じた。


「生きる……って、こういうことなのかもしれない」

胸に残る光を抱きしめ、僕はゆっくりと息を整えた。

闇の中に落ちたままの世界も、少しだけ色を取り戻しているように思えた。

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