よんぼせきめ 白色を彩ったのはあなた

 からっぽ。すっからかん。なんにもない。記憶の残滓を貪りながら生きている。それらが、私を構成するすべて。

 脳もきっとからっぽで丸くて、振ってもなんにも鳴りはしない。

 意識して動かせない心臓、内臓、酸素と二酸化炭素を換気し続けること、なんにもしなくても空くお腹、勝手に開閉する瞼、にいつまでも生かされ続けている。

 あなたは私を見て笑うだろうか。あなたも、私と同じだろうか。


 私はなにもない。なにも持ち合わせていないし、何も覚えていないし、なにもできないし、なにもわからない。

 見た目も、中身も輪郭も持ち合わせず、影も足音すら喪って、隣にいる友人にすら気づいてもらえず、鈴の音で存在を主張する毎日。

 何度も一過性の健忘を起こし、離人を起こし、挙句の果てには人生の半分の記憶をあいまいに、断片的に喪った身体。

 料理、洗濯、洗い物、掃除、何一つうまくこなせない不器用な指、力のないくせ太い腕、ふらふらとしか歩けないよわい足、呼吸さえままならない気管、足りない頭。

 

 それでも、あなたのことだけは、忘れずに記憶している。

 はじめて話した日のこと。はじめてLINEを交換したときのこと。あなたを心配し続けた日々。あなたに心配させ続けてしまった日々。


 あなたは、私よりもずっと、私が受けたことに対して怒る。あなたは、私よりもずっと、私が幸せになると祝福してくれる。

 さいしょは本当に驚いた。なにをしているのだろうかと思った。それは段々と純粋な驚きから、誰かに大切にしてもらえることの嬉しさに着色され、そのうち、とめどない不安が入り混じって、明るかったはずの黄色や桃色は、いつの間に暗い緋色へと変わってしまった。


 あなたは綺麗だ。あなたは美しい。そんなガラスみたいに透明な心で、綺麗が故に傷付きやすい心で、私などとつながっていてくれていることは、私が生まれてきたことに対する、神様からの最大限の祝福だと思う。

 私は醜い。私は悪夢だ。見目麗しくもなく、かと言って美しい心も持ち合わせておらず、ただどぶのような人間であり続けている。それにからっぽ。

 あなたが美しい硝子細工なら、私は割れた酒瓶の破片。あなたのことを傷つける、ひどい切り口のガラス。


 私は、自分があまりにからっぽすぎるので、何度も自分に刃物を突き立てて、体に流れる赤色を確かめていた。

 真っ白でからっぽなキャンバスは、そのままでは苦痛で仕方なくて、皮膚を引き裂くことで自分を彩ることを覚えた。自分を鮮やかな糸で飾り付けることを学んだ。

 しかしそれでもなお、私はからっぽなままだった。


 唯一、私をほんとうに彩れたのは、あなただ。


 真っ白なキャンバスをただ愛し、寄り添って、傷口に指を添えるようにしてただそこに咲き続けたのはあなた。

 優しく、美人で、あなたを何度も救った、それがあなたの言う私。

 温かく、可愛らしく、私を何度も救った、それが私におけるあなた。


 左腕に残った、ただひとつのケロイドさえも、あなたは愛してくれるのだろうか。その瞳で、腕を見て、その指で、傷口に触れて、そのまま、何も言わずにただそばに。

 自分で傷口を縫った、見惚れるほどに青い糸だった、氷は冷たくて神経が鈍った、なんてつらつらと打ち明けたとして、あなただけは赦してくれるのだろうか。


 あなたの言葉で、あなたの透明水彩で、何度も塗り重ねられ、ひどく塗りつぶされた白色はくしょくを再び彩ったのは、あなた。

 私を何度も文字で抱きしめ、優しい声で私の名前を呼んでくれるのは、あなた。

 私との未来に思いを馳せ、夢をいくつも数えてくれるのも、あなた。


 白色はくしょくを彩ったのは、あなた。

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いつかの わたぺじあ @dddddd22

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