鋼鉄の棺桶

 戦車の車内は、妙な圧迫感に満ちている。


 分厚い装甲に覆われた戦車は、その巨軀きょくの割に乗員の乗るスペースは狭い。それこそ、身じろぎする余裕すら残らないほどだ。その上、乗り心地などほとんど考慮されていないので、ガタガタ揺れるし匂いも熱も籠る。


 乗っているだけで体力を消耗する戦車の中で、車長である俺は、状況を判断し砲手と操縦手に指示を出す必要がある。


「1時の方向、敵戦車三両。弾種、徹甲弾。照準完了次第撃て」


 俺は赤外線ディスプレイで車外の状況を確認し、砲手に命じる。


 ディスプレイには、草原の中を走行する三両の敵戦車が表示されている。

 制空権が拮抗している現状、暗闇に紛れて迫る戦車ほど恐ろしいものはない。時刻は深夜二時。そろそろ休みたい。


 だが、数が少なく強力な機甲戦力俺たちに休みはない。幸か不幸か、戦場は戦車を求めていた。


「了解」


 砲手の応答が、ヘッドセット越しに聞こえる。


 直後、戦車のエンジンがより一層やかましく唸り、砲塔が勢いよく回転した。


 素早く照準を合わせた砲手が、引き金を引く。


 飛び出した徹甲弾は、一直線に飛翔して敵戦車の一両を破壊する。砲弾の直撃を受けた敵戦車は、砲塔から炎を吹いて擱座した。


 残りの敵戦車たちは驚いたように急停車するや否や、即座に散開しつつ加速した。ひとまず次弾を受けるリスクを少しでも下げようとしたのだろうが、完全に悪手だ。

 敵戦車の一両が、草原の中に仕掛けられた地雷の一つを踏む。履帯の片方が吹き飛ばされ、敵戦車の一両が動きを止める。あれではもう動けない。


 無傷なのは、残り一両だけだ。


「次弾装填、続けて撃て!」


 俺は怒号を上げる。ようやくこちらに気付いたらしい敵戦車は、砲塔を回転させた。間違いなく、こちらが撃つより先に向こうが撃つ。


「砲撃は停止! 全速後退!」


 俺は即座に判断して、命じる。


 戦車のエンジンが悲鳴のように唸り、一気に後退する。俺の戦車は草原の中の、小高い丘になっている場所に停車している。後退すれば、稜線に隠れることが可能だ。


 次の瞬間、敵戦車の主砲が火を吹いた。


 鋭い徹甲弾は数キロメートルの距離を一瞬にして駆け抜け、俺の乗り込んでいる戦車の正面装甲を掠める。

 凄まじい衝撃と金属音が鳴り響いた。


 俺は呻く。


「無事か!?」


「無事です! ギリギリ間に合いました!」


 操縦手が嬉しそうに声を出した。


「正面装甲で弾いたようです。ただ、主砲がやられました。もう射撃できません」


 砲手が報告する。


「了解。空軍に爆撃を要請しておく。本車は、このまま後退だ。流石にもう戦えない。監視任務は小隊の別車両と交代するぞ」


 俺は安堵しながら指示を出し、戦車は速度を緩めて基地へと向かう。


 車体の揺れが、なぜか無性に心地良かった。

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一分くらいで読める短編集 曇空 鈍縒 @sora2021

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