第8話 子どもの仕事


 オトヒコ様に呼び出された次の日。おれたちは山のふもとで木の実を拾っていた。

 おれは、オトヒコさまの言葉を何度も頭の中で繰り返していた。

 ――ホウライの祭りを絶対に盛り上げるーー。


「……頑張らなくちゃな」

 小さくつぶやいたつもりが、声になって出ていたらしい。


「何を頑張るの?」

 ヒサメが、いつの間にかおれの顔をのぞき込んでいた。


「あ、ごめん。ただの独り言」

「ふうん、アヤシイ。なんか、あんた、この前館に呼ばれてたでしょ?オノコだけが知ってる祭りの秘密とか、あるんじゃないの?」


 こいつ、妙に鋭い。せっかくだから、祭りを盛り上げるきっかけにしてやろうと思った。


「まあ……詳しくは話せないけど、子供たちも祭りの準備に関われるかもしれないって」

「えっ」

「ほんと?」

「お祭り!」


 皆が沸き立つ。

「おう、今日は食料探しだけど、祭りに使えそうなものはいっぱい集めておけってさ!」


 みんなが「わあっ」と沸き立つ。木の実も?花も?石も?とか、それぞれ得意なものを集めようと盛り上がる。

 

 今日は食料探しの日だ。食料探しは男女関係なく一緒にやる。普段は寝る場所も食べる場所も別々で、仕事も男女で分かれているけれど、こういう人手が必要な作業は混ざってやるのだ。おれの友達のトキなんか、女の子と組めるときはいつもゴキゲンだ。

 ……まあ、正直おれも、昔なじみの女の子と会えるのはちょっと嬉しい。幼い頃は一緒に育てられた仲だからな。こういう時間は、なんだか懐かしくて楽しい。


 木の実は炒ってすりつぶせば香ばしくてうまい。実が大きめの穀物――粟やヒエのようなもの――を見つけて大人に持っていけば、必ず褒めてもらえる。だからみんな、目を皿にして探す。


「ほら、これ見て」

 ヨウが両手で包むように見せたのは、ぷっくり太った穀物の穂だ。

「おお、立派だな。これなら大人たちも喜ぶ」

「うん、炒ったら絶対おいしいよ」

 穀物庫の管理を任されているヨウは、食べ物を見つけるのが早い。食べ物を想像すると目をきらきらさせるのは、彼女の癖だ。


「ねえ、これどう?」

 ヒサメが手にしてきたのは、細くしなやかな茎と、小さな山の花。

「この茎は丈夫だし、花の色もきれい。髪飾りにぴったりじゃない?」

「またおしゃれのこと考えてるな」

「だって祭りだよ? みんなきれいにして出たいでしょ」

 ヒサメは丈夫な茎や珍しい花を見つけると、必ず持ち帰って飾りに仕立てる。

 今から飾りにする花のことを考えているくらい、こいつも、祭りを楽しみにしているのだ。


 少し離れたところでは、トヨが地面をほじくって遊んでいる。まだ幼いから多少の遊びは許されるが、遠くへ行かないようにみんなで気を配る。

「あんまり奥に行くなよ」

「はーい」

 山の奥には崖があり、そのそばの洞窟には死霊やもののけが住むと恐れられている。

「ほら、あそこ」

 ヒサメが崖のほうを指差した。

「真っ黒な影がいて、人を迷わせるんだよ?」

「そうそう、怖い声も聞こえるんだよ?」

 ヨウも付け加える。

「こわーい」

 トヨがわざと肩をすくめる。全然こたえていない。

「笑ってるけど、本当なんだからな。おれも行かない。小さい子は絶対に近づいたらだめだ」

 おれも、兄貴分らしく注意するが、怖い話わくわくする気持ちもわかる。

 トヨは、はあい、と生返事をして、石ころを拾って遊び始めた。

 ふと地面を見ると、足元に黒くてつやつやした石が転がっていた。

「これ、勾玉の材料に使えそうだ」

「緑や白の石も探してみよう」ヒサメが目を輝かせる。

「もしかしたら、これもお祭りに使えるかも。勾玉をおみやげにしたら、お客さん喜ぶんじゃないかな」

「それ、良さそう!!」

 木の実も、穀物も、石も、花も――拾えるものは何でも拾う。こうして少しずつ、おれたちの手の中に祭りのための品が集まっていく。


 袋いっぱいに木の実を詰めて山を下ると、村の広場でほかの子たちと合流した。

「子供も、お祭りの準備に参加できるんだって!」

「お祭りの準備って進んでる?」

 子どもたち同士の会話が活発にかわされる。おれはひとつひとつ聞き逃さないようにオボエてゆく。

 子どもたちによる祭りの準備の様子を、オトヒコさまにお伝えするためだ。

 

「仕事は山ほどあるわよ。」

 ある女の子が自慢げに言う。衣装担当の彼女は、美しい着物を縫ったり、美しい石を磨いたりするのが役目だ。

「詳しく聞いてないけど、豪華な刺繍だから、きっとお祭りのための準備だと思う!」

「いいなあ、華やかで」

 食べ物担当の子が羨ましそうに言う。

「でも、当日はすごい人出になるんでしょ? ごちそうがなきゃ皆がっかりするから、食べ物の準備も大事だよ」

 衣装担当の子が言うと、みんなはっとする。

「……ごちそう!」

 みんなの顔がぱっと明るくなる。

「やっぱり祭りにはごちそうだよな!」

 トキがにこにこして言う。子どもたちが皆、笑い声に包まれながら走り出す。

 

 ――これでいい。こうやって祭りを盛り上げるんだ。

 オトヒコさま、任された通りやってみせます。

 胸の奥でそうつぶやき、もっと頑張ろうと心に誓った。


 

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