第9話 頑張っているのに

 日々は流れ、次の満月、さらにその次の満月――祭りの日が近づいてゆく。


 子供も大人も、祭りの準備を一生懸命進めた。

 とにかく踊りを盛り込むことだけは決まって、踊り子を集めることも、決まった。


 子どもたちが集めた食べ物は着実に増えていったし、

 どこからかやってきた男たちにより、旅人を迎えるための集落、マレビトジに家を増やすことも、はじまった。


 だが、祭りの準備は、進んでいるのかいないのか、まるでわからない状態だった。

 

 衣装は縫われ、食べ物も集まりつつあったが――。

 踊りの順番も、振り付けも、歌う曲も、何も決まっていない。

 用意すると言っていた、ツヂクニの王の仕掛けとやらも、影も形もない。


 ワダツミが額に手を当てていた。

「ホウライノクニの使節が、半月もすれば船で到着する……こんな準備状況では……何をいわれるか……」


「お客様が来るってことは、おれたちも聞いてます。でも……」

 おれは不安を口にした。

「泊まる場所はあっても、おもてなしの段取りも、何も決まってないんです」


「そうなんだよな……」

 ワダツミの表情が沈む。

「ツヂクニの神も困っていた。踊りに合わせて動く水や炎を用意してほしいと言われているのに、場所も構造も決まらない。これじゃ建物すら建てられない」


 子どもながらに申し訳なくなり、小さな声で言った。

「……ごめんなさい」

「いやいや、君はまだ子どもだろう、大人がしっかりしないと。私も含めてね。」

 そう笑ってくれたが、おれの中に疑問が残った。


(ヒミコさまは……何をしているんだろう)


 ヒミコさまはまじないの力で国を守り、王たちを従わせてきた偉大な方だ。だが、他国の様式による祭りを取り仕切ったことは、一度もない。


 あの日、ヒミコさまの嘆きを聞いてしまったけれど……そのあとも、ヒミコ様は女王としての勤めを粛々となさっていた。

 小さなクニの王が来て、出迎えたこともあったし、

 満月と新月の日に祈るしきたりも、これまでと同じように守られていた。


 祭りについては、『準備に励むように』というお話はあった、けれど、具体的な指示は無い。


(祭りって……どうやって作るんだ?)


 ヒサメはヒミコさまや侍女たちの衣装を縫う役目だ。今回の祭りでは、彼女は色鮮やかな衣装を作れると張り切っていた。

 だが――。

 

「色がまだ決まらないの。染めに使う木の実も、まだ選べてないのよ……」

 不安そうにつぶやくヒサメを、大人たちはなだめている。

「大丈夫だよ」

「保存してある木の実もあるし、一着ずつくらいなら好きな色に染められるさ」

 大人たちはどこかのんびりしているように見えた。

「だってヒミコさまが何とかしてくださるからね」

 誰もがそう言う。


 けれど、おれは知っている。ワダツミもツヂクニの神も困っている。

(この状況で、……本当に大丈夫なんだろうか)


 昼過ぎになって、女の子たちがおれを訪ねてきた。

 勾玉をホウライのクニの偉い人に贈る案が正式に認められたそうで、石探しを手伝ってほしいという話だった。

「じゃあ、きれいな石をもっと集めなきゃな」

 トキは女の子たちに頼られて、嬉しそうに言った。

 俺たちは顔を見合わせてうなずき合い、川辺に向かった。

 

 川辺に出ると、ヒサメたち女の子はもうしゃがみこんで石を物色していた。

「これ、どうかな?」

 ヒサメが手のひらに乗せた灰色がかった石を見せてくる。

「うーん、悪くはないけど、勾玉にするならもう少し色がはっきりしてたほうが映えるかもな」

 俺はそう言いながら別の石を拾い上げ、角度を変えて光沢を確かめる。川面からの反射がちらちらと差し込み、石の表面が一瞬きらりと光った。これはいけるかもしれない。

「なんか、偉い人向けの大きいのが、十個はほしいんだって。こんくらいのやつ」

 ヒサメが手で丸をつくる。結構でかい。

「その大きさのやつ、見つけるのは大変だぞ……」

 重い石は沈みがちになる。川のちょっと奥までいかないとだめだ。

「だからオノコにも頼んでるんじゃない」


 みんなで必死に探したが、なかなか数がそろわない。日が傾きかけた頃、ヒサメが少し焦った顔で言った。

「……足りないね」

「じゃあ、俺がもう少し探してみる。日が暮れても見つけられる場所を知ってるんだ」

「でも、暗くなったら危ないよ」

「大丈夫。見つけたら、村はずれのやぐらで渡すよ。」

「夜出歩いたら、見張りの大人に怒られない?」

「じゃ、合言葉決めようぜ。合言葉は……“あめ”」

「じゃあ、返事は“かぜ”ね」

 ヒサメは笑ってうなずき、手を振ってメノコジ(女の子の集落)へと帰っていった。


 俺は一人で川沿いを歩き、石を探し続けた。水に半分沈んだ石を手でさらい、滑る苔を指でこそげ取り、光にかざして色や質を確かめる。手が冷たくかじかんでも、目が慣れてくると暗がりの中でも石の形や質感で勾玉向きかどうか分かるようになってくる。ようやく、深緑色の、滑らかで厚みのある石がたくさん重なっている場所を見つけ、なんとか数を揃えることができた。これで、ヒサメとの約束を守れる。


 ヒサメに届けてあげよう。俺は持っていた小袋に石を詰め込むと、待ち合わせ場所へと走った。

 


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