第21話



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**『京都祇󠄀園四条大橋心中』より**


**作者:志乃原 七海**


街が浮かれたように煌めく聖夜だった。

部屋の薄いカーテンの向こう、遠くで鳴り響く鐘の音と、楽しげな歌声が聞こえてくる。けれど、菜々美の世界は、シンと静まり返った闇の中。電気もつけられていない、冷蔵庫のように冷え切った六畳間で、彼女はただ息を潜めていた。


階下から、母親の甲高い笑い声と、知らない男の声が聞こえる。テーブルには、コンビニで買ってきたのだろうローストチキンと、安い発泡酒。その匂いだけが、残酷に階段を上がってくる。


クリスマスイブから、菜々美は何も口にしていなかった。

きっかけは、些細なこと。母親が食べ散らかしたチキンの残骸。骨についた僅かな肉に、空腹のあまり手を伸ばしかけた、ただそれだけのこと。


「あんたみたいな汚いのが、触るんじゃないよ!」


投げつけられた皿が壁に当たって砕け散る音。髪を摑まれ、床に何度も叩きつけられる衝撃。熱いのか冷たいのかもわからない液体を頭から浴びせられ、あとはただ、獣のような罵声が降り注いだ。


――死ねばいいのに。

どちらが、とは考えなかった。母親か、自分か。もう、どうでもよかった。


それから何日が過ぎたのか。

大晦日の除夜の鐘も、窓の外で雪が舞う気配も、ぼんやりと霞む意識の向こう側で起こっている出来事のようだった。空腹はとっくに痛みへと変わり、今はもう、何も感じない。ただ、凍てつく床の冷たさだけが、自分がまだ生きていることを教えてくれる。


年が明けた。

元旦の朝を知らせる晴れやかな光が、埃っぽい部屋に差し込む。その光に誘われるように、菜々美はか細い腕で、のろのろと身体を起こした。食べなければ。食べなければ、本当に死んでしまう。


あの夜、母親がゴミ袋に放り込んだ残飯の記憶が、消えかけた命の蝋燭に、最後の灯をともした。


震える足で台所の隅に立つ。生ゴミの酸っぱい匂いが鼻をつく。その袋の奥で、カサリと乾いた音を立てて転がった、骨付きの鶏肉。クリスマスの夜の、あの残骸。


脂は白く固まり、肉は氷のように冷え切っている。

それでも、菜々美はそれを両手で掴んだ。まるで聖なる供物を受け取るように、そっと。


そして、かじりついた。

獣のように。飢えた野良犬のように。

固く、味のしない肉を、力の入らない顎で何度も何度も噛み砕く。冷たい脂が、乾ききった唇をぬるりと濡らした。それは食事などではなかった。生きるための、あまりにも惨めで、あまりにも冒涜的な儀式。


涙は出なかった。

ただ、喉の奥から熱い塊がせり上がってくる。

それは、殺意だった。


この肉を貪り、この屈辱を飲み込んで、私は生き延びる。

そしていつか、必ず――。


冷たい肉を嚥下しながら、十五歳の少女は、暗い瞳の奥で静かに誓った。その誓いが、やがて一人の男の人生を狂わせ、自らを燃え盛る業火へと導いてゆく運命の始まりだとは、まだ知る由もなかった。

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