第2話「おかわり、しますね?」――それは、逃げ道を塞ぐ優しい罠。
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### 「京都祇園心中」 第二話
カラン、とグラスの中の氷が心地よい音を立てる。菊乃は慣れた手つきでマドラーを回し、琥珀色に染まった液体を和夫の前にそっと置いた。先ほどまでの無愛想な態度はどこへやら、商売女の顔に戻っている。
「はい、おまちどうさん」
和夫は黙ってグラスを受け取ると、また一口、喉を焼くように呷った。その痛みに耐えるかのように、わずかに眉をひそめる。そんな彼を、菊乃はカウンターに肘をつきながら、品定めするような目で見つめていた。
「ところで、お客さん。あんさん、どこからきはったん?」
何気ない世間話のふりをした、鋭いジャブだった。祇園の人間か、ただの観光客か、それとも何か厄介事を持ち込んできた「よそ者」か。その答え一つで、対応は変わる。
和夫は菊乃の視線から逃れるように、手元のグラスに目を落としたまま、短く答えた。
「……東京からだ」
その言葉と同時に、残っていたウィスキーを一気に飲み干す。空になったグラスを、ドン、と少し乱暴にカウンターへ置いた。まるで、「これ以上、俺に踏み込むな」という無言の警告のように。
その威嚇的な態度を、菊乃は柳に風と受け流した。むしろ、その飲みっぷりの良さに、彼女の口元には商売女の笑みが浮かぶ。
「あら?」
楽しむような、からかうような声。菊乃は空のグラスをすっと引き寄せると、新しい氷を掴み、グラスへと滑り込ませた。
「えらい威勢のええ飲みっぷりやこと。おかわり、お作りしますね?」
有無を言わせぬ口調だった。断れば、この女のペースに呑まれる。しかし、和夫には今、このアルコールが必要だった。そして何より、この女から情報を引き出さなければ、この街で自分は立ち往生するだけだという予感があった。
和夫は何も答えず、ただじっと菊乃の手元を見つめていた。その沈黙を「肯定」と受け取った菊乃は、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な様子で、三杯目の水割りを作り始めた。
金づるか、厄介事か。
いや、あるいはその両方か。
菊乃の瞳の奥で、算盤を弾く音がした。
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