第10話:Old Friends


静けさを取り戻した喫茶店「モーニング・グルービー」


そこに、ひより、クローンであることを受け入れたかぐや、そして瑠輝也がいた。

マスターとさおりの姿は、なかった。


【ひより】「あなたたちはたしかにクローンなのかもしれない。でもそれでもやっぱりちゃんとこの世に存在している。だから、これから皆んなで家族を始めれば良い」


ひよりは、かぐやと瑠輝也を迎え入れ、そう告げた。

クローンという運命に縛られていた二人の心に、ひよりの言葉は温かい光を灯した。


その頃、マスターはさおり、そしてヘギョンとともに、昔、二人が暮らしていた街にいた。

マスターは記憶を失ったさおりに手紙と一粒の薬を差し出した。

さおりにそれを飲ませると、静かにこう語りかけた。


【マスター】「君の中にあの頃の記憶はもうないだろう。でも愛はきっと胸の中に眠っているはずだ。その封印が解けた頃、迎えに来るよ」


そしてヘギョンにこう告げる。


【マスター】「それまで、さおりのことをよろしくお願いします」


ヘギョンは小さく頷くだけだった。

そう言い残すとマスターはひよりが待つ喫茶店に戻って行った。


【ひより】「マスター、お帰りなさい。あれ?マスターひとり?」


ひよりの問いに、マスターはいつものように言葉を濁した。


【マスター】「ああ、俺はずっと独り身だ」


【ひより】「さてはフラれたな!仕方ないなぁ、私が側にいてあげるわよ。ああそれに家族なら増えたわよ、ねぇ、かぐや、瑠輝也!」


ひよりの言葉に、かぐやは小さく頷き、瑠輝也は微笑んだ。


【マスター】「全く騒がしくなったもんだ。この喫茶店じゃ、こんな大所帯を支えるような稼ぎはないぞ!」


マスターはそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。


【ひより】「そこはマスターがファイトマネーでもなんでも稼いできてもらうということで」


ひよりが冗談めかして言うと、マスターは苦笑いを浮かべた。


【マスター】「もう争いごとはこりごりだ!」


こうして、クローンであることを受け入れたかぐや、そして瑠輝也と共に、マスターとひよりは新しい家族として歩み始めることを決意したのだった。


…それから3年が経った。


瑠輝也はかぐやを支えて独立し、喫茶店の近所で小さな花屋を営んでいた。

愛もすっかり元気になり、その花屋の看板娘として多肉植物を元気に育てている。

錦は相変わらず愛を支えながら、セシリアの薬局で働いている。


マスターは相変わらず客の少ない喫茶店を続けていた。

ひよりもランチなどを手伝いながらマスターに寄り添っていた。

そう、この日までは…。


【ひより】「マスター、そろそろ落ち着いてきたし、喫茶店継ぐためにも私、イタリアで修行してくることにするね!」


【マスター】「…別にイタリアに行かなくても、もう十分美味しく淹れられるようになったんじゃないか?」


【ひより】「まあ卒業旅行みたいなもんよ。可愛い子には旅を…って言うでしょ!」


そう言い残して、ひよりはコーヒー修行をするのだとイタリアへと旅立った。

それが本当なのか、それともまた新たな敵と戦っているのかは誰にもわからない。


ひよりを空港まで見送りに行くと、その足でマスターはあの街に向かう。


ひよりが生まれた街の公園にさおりはいた。

マスターは遠巻きに見守るヘギョンに深く一礼する。


マスターはさおりに声を掛けるでもなく、軽く肩に腕を掛け、二人でベンチに腰掛ける。

二人は言葉を交わさずとも、互いが抱える過去の恐怖と不安を共有していた。

この静かな時間こそが、血縁を超えた絆の強さなのだろう。


そして、さおりが静かに口を開く。


【さおり】「あなたのお子さんはもう大きくなったんですか?」


【マスター】「ええ、相変わらず跳ねっ返りですが、元気に育ってくれました」


【さおり】「そうですか…きっと素敵な娘さんなんでしょうね…」


【マスター】「あなたもずっとお元気で。いつか娘も連れてきますよ」


【さおり】「そうですか。この公園は桜が見事に咲くんですよ。その頃にでも、ひよりさんといらしてください」


【マスター】「ええ、アイツが来たいと言ったらいつでも。それまでお元気で…」


そう言い残すとマスターは公園を後にした。

互いの涙に気づかないふりをして、それぞれの道へと歩き出した。


(完)

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ぎりぎりナイト 真久部 脩 @macbs

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