第9話:Overs
あの夜、クローンさおりに注射されたのは、セシリアが秘密裏に開発していたナノマシン初期化装置だった。
喫茶店での会話が盗聴されていることは当初から懸念されていたため、この装置の開発は秘密裏に進められていたのだ。
それは、クローンの記憶と人格を完全にリセットする、いわば「コピーの逆」の機能を果たすもの。
Zooプロジェクトがクローンを生み出す技術ならば、これはクローンを空っぽの存在に戻すためのものだった。
マスターとひよりが目を覚ますと、そこにはあどけない微笑みを浮かべて眠るさおりの姿があった。
その表情は、まるで生まれたばかりの赤ん坊のように無垢で、これまでの冷酷さや憎悪は微塵も感じられない。
さおりの体内から記憶を抜き出したナノマシンが回収され、クローンさおりは抜け殻となっていた。
セシリアが、彼女に近づき、そっと額に触れた。
【セシリア】「成功したわ。彼女の中のナノマシンは完全に初期化された。これで、Zooプロジェクトは完全に終わったのよ」
クローン技術の無効化技術が確立されたことで、クローン生成による「乗っ取り」は実質的に無意味となるのだ。
しかし、ひよりの心は晴れなかった。
そこにいるのは、愛する母の姿をした、見ず知らずの女性だったからだ。
【ひより】「お母さん……」
ひよりがそう呼びかけると、さおりはゆっくりと目を開けた。
その瞳には、かつての記憶の光はなく、ただ虚ろな光が宿っていた。
【さおり】「あなたは…誰ですか?」
さおりの言葉は、ひよりの心を深く抉った。
彼女は、自身がクローンであるという事実だけは、辛うじて伝えられていた。
【さおり】「私は…クローン。だから、もう、あなたの家族じゃない」
さおりは、ひよりを拒絶し、マスターからも離れようとする。
【マスター】「もう自分を騙すのはやめるんだ」
マスターはそう諭すが、抜け殻のさおりはそれを拒絶する。
ひよりが過去の思い出を語っても無反応だった。
【さおり】「私は何も持っていない。そんな記憶はない」
ひよりは絶望した。
マスターも、そして自分も、さおりを救うことができなかった。
同じ頃、かぐやもまた、セシリアのリセットマシンにより、完全に初期化されていた。
見た目こそ以前のままだったが、ひよりへの敵対心はすっかり消滅していた。
彼女の瞳には、かつてのような憎しみはなく、ただひよりをじっと見つめるだけだった。
【ひより】「かぐや……」
ひよりが声をかけると、かぐやは首を傾げるだけだった。
彼女も、ひよりの双子の姉としてではなく、一人の人間として、新しい人生を歩み始めることになった。
そして、ひよりは、明星瑠輝也と明星宵藍の対峙にも直面する。
彼の場合は、クローンではなく、同じナノマシンを本人の中に異なる人格として注入されていた。
【瑠輝也】「宵藍、もう終わりにしよう」
瑠輝也の言葉に、宵藍は最後の抵抗を示した。
ナノマシンに操られた運命に抗えず、ひよりを攻撃しようとする。
しかし、その陰に潜む瑠輝也が自分自身にリセットマシンを注射し、彼の中の宵藍を打ち破る。
【瑠輝也】「君を助けるために、僕は僕を裏切らなければならない。その目標がようやく今叶ったよ」
そう言って明星は瑠輝也という、ひとりの男になった。
彼の瞳には、これまでの葛藤と苦悩が消え、新しい光が灯っていた。
ひよりは、彼の決意の強さに、胸を打たれた。
こうして、Zooプロジェクトは完全に壊滅した。
そして、それぞれの切ない人生の歯車が、新しい方向へと動き始めた。
(第9話 終)
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