第3話:Punky's Dilemma


マスターからの電話を切って以降ずっと、ひよりの心はざわついていた。


明星は、双子の姉であるかぐやと自分の接点を見つけ出し、孤独な自分を助けてくれた、頼れる存在だと思っていた。

しかし、マスターの「そいつは瑠輝也じゃない」という言葉が、不信の種を撒き、ひよりの心をかき乱していた。


その日から、かぐやと明星の来訪は途絶えた。

ひよりは、店を荒らされた後の片付けを一人でしながら、虚しさともどかしさを感じていた。


マスターは相変わらず公安に拘束されたままだし、さおりも公安に戻ったきり連絡がない。

まるで、自分一人だけがこの世に取り残されたような気分だった。


【ひより】「マスター…お母さん…一体何が起きているの?」


ひよりは、掃除の手を止めて、力なく呟いた。


そんなひよりの前に、店のドアを開けて一人の男が入ってきた。

それは、まさしく明星だった。


しかし、今日の彼はいつもと様子が違う。

いつもはホストのような雰囲気を醸し、クールだが、どこか本音を隠した上辺だけ取り繕ったような表情だった。

だが、今日そこに現れたのは、まるでナイトのような、優しい紳士の姿だった。


【明星】「ひよりさん、お一人ですか?僕が何か手伝えることはありませんか?」


そう言って彼は、ひよりがやろうとしていたカウンターの拭き掃除を、慣れた手つきで手伝い始めた。

ひよりは、突然の彼の行動に驚き、警戒しながらも、その手つきがどこかマスターに似ているような気がして、何も言えなかった。


彼は、ひよりの質問には答えず、ただひたすらに、荒らされた店内の片付けを進んでこなしてくれた。


コーヒー豆の袋を丁寧に元の場所に戻したり、割れたガラスを拾い集めたり。

その静かで優しい行動は、ひよりの心のささくれを少しずつ癒していくようだった。


【明星】「いつでも僕を頼ってくれて構わないんだよ、ひよりさん」


彼は片付けを終えると、そう優しく語りかけた。

その言葉と表情は、以前の彼とは全くの別人に見えた。


【ひより】「あなたは……誰なの?」


ひよりが問いかけると、彼は少し悲しそうな顔で微笑んだ。


【瑠輝也】「僕は、明星瑠輝也。たぶん君がかぐやさんに会って驚いたのと同じことだよ」


ひよりは、マスターの言っていたことが本当だったと知り、驚きと同時に安堵した。

目の前にいるこの男は、自分を騙そうとするあの男ではなく、マスターが言っていた「ナイト」なのだと。


その時、店のドアが乱暴に開かれた。

そこに立っていたのは、いつになく激昂したかぐやだった。


【かぐや】「宵藍しょうらん!あなたは私のものよ!ひよりはもうすぐいなくなるんだから!」


かぐやの目は、怒りと嫉妬に燃えていた。

彼女は、明星がひよりと親しくしていることに耐えられなかったのだ。


ひよりは、やはりこれは二人で仕組んだ作戦だったのかと、再び疑念を抱いた。

しかし、瑠輝也は静かにかぐやに向き直り、語り始めた。


【瑠輝也】「いや、私は宵藍ではなく、明星瑠輝也だ。かぐやさん、あなたも混乱しているんでしょう。でも、僕たちはもう、こんなことからは解放されるべきなんだ」


瑠輝也の言葉に、かぐやは一瞬動きを止めた。

しかし、次の瞬間、彼女は激しく頭を抱え、苦しみだした。


【かぐや】「うるさい!黙って!違う!そんなことはない!」


かぐやは、自らの頭の中で衝突する二つの記憶に耐えられず、その場にうずくまってしまった。


瑠輝也は、そんなかぐやに優しく寄り添い、彼女の頭をそっと撫でた。


【瑠輝也】「大丈夫だよ、かぐやさん。君は一人じゃない。僕たちがついている」


ひよりは、その光景をただ呆然と見つめていた。

かぐやが感じている苦しみ、そして瑠輝也が彼女に注ぐ優しさ。

それは、マスターが以前言っていた「二つの人格」という言葉を思い出させた。


その日の夜、瑠輝也はひよりと二人で、喫茶店に泊まることになった。

彼はひよりに、マスターと以前から連絡を取り合っていたこと、そしてマスターがひよりを守るために、自分をナイトとして指名したことを話した。


【瑠輝也】「僕は、君を守るために、そしてかぐやさんを救うためにここにいる。だから、どうか僕を信じてほしい」


瑠輝也の言葉は、ひよりの心に静かに染み込んでいった。


翌朝、ひよりは瑠輝也に温かいコーヒーを淹れた。


【ひより】「マスターほどではないけど、まあ美味しいはずよ」


ひよりはそう言って、カップを差し出すと、ほんの少しだけ指が触れ合う。

その瞬間、ひよりは以前手を差し出した宵藍とは違う温もりを感じた。


それが体温の差なのか、心の温もりなのかは分からなかったが、セシリアの口癖でもある「心の目」の意味がなんとなく分かった気がした。


二人の間には、温かく、穏やかな時間が流れていた。


しかし、ひよりは知っていた。

この穏やかな時間は、嵐の前の静けさに過ぎないことを。

そして、その嵐が、自分と、そして家族の運命を大きく変えることを。


(第3話 終)

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