第3話


車内はざわつきに包まれていた。


派手な若い女性が声を荒げる。

「ちょっと! ウチ、仕事で急いでんねんけど!?」


学生たちは無言で、驚いた表情を浮かべている。

サラリーマンはネクタイを直しながらも、困惑した表情を隠せない。

老夫婦は静かに、ただ事の成り行きを見守っていた。


そして私、茂雄も吊り革を握りしめながら、車内の異様な空気を肌で感じていた。


刑事は腕を組み、車両全体を見渡す。

「みなさんを疑っているわけではありません。ただ、走行中の電車での事件ですので、一応お話だけ聞かせてくださいや」


刑事はゆっくりとシルバーシートに座る老夫婦へ視線を向けた。

「お父さん、お母さん。お二人は事件の前、どんな様子でしたか?」


白髪の老紳士が小さく咳払いをし、背筋を正した。

「わたしらは、京都の病院へ行く途中でしてな。電車に乗った時から、ここにずっと座っとります。財布がどうなったかは、まったく……」


隣の老婦人が穏やかに相槌を打つ。

「ええ、わたしも主人とおしゃべりしてました。何も怪しいことは見ていませんよ」


刑事はうなずき、視線を派手な若い女性に移した。




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