第34話 八重子の悩み
はぁ――。
沙也の才能が凄いのは、もう嫌というほどわかっている。
だが、本当にこのまま魔法を教えてしまっていいのだろうか。
今はまだ魔力器だけだから、何とでも制御できる。けれど、魔法そのものを覚えてしまえば――この日本で不用意に使えば、確実にトラブルに巻き込まれる。
異世界ならまだしも、逆に異世界で魔法を使い続ければ、それは身体に染みつき、ふとした瞬間に無意識で発動してしまうかもしれない。
八重子は、自分自身の生活を思い返す。
今さら魔法のない暮らしなど考えられない。
だからこそ、日常の中で人に気づかれないよう、細心の注意を払って魔法を使っている。
――日本の電化製品と魔法。
この組み合わせは、便利すぎて最強だ。だからこそ危うい。
そして、もう一人の懸念――翔太。
最近、本当に何を考えているのかわからない。
異世界に行きたがっているのは知っている。
だが、日本で部長にまでなり、安定した収入もあるのに、なぜ今さら。
同性が好きなのは理解している。けれど、だからといって異世界に行く理由になるのか…?
八重子はスマホで「リラックス効果のある曲」とやらを流し、湯気の立つミルクティーを口に運んだ。
お酒ではなく紅茶――自分にしては珍しい。
それだけ、沙也と翔太のことを本気で案じている証拠だった。
部屋の中は静かで、カップを置く音と、スピーカーから流れる柔らかな旋律だけが響く。
そのとき――
ティラリラ~ティラリラ~♪
スマホが震えた。
画面には「沙也」の文字。
「もしもし、どうしたの?」
「あ、八重子。さっきさ、アルバートさんたちに会ってご飯食べてきたよ。」
……?????????
は? 何を言っているの?
アルバートたちが、こっちに来た?
時間軸は? そんな精度で計算できたってこと?
「どういうこと?」
「なんかわかんないけど、ギルちゃんと、ヘイちゃんと、アルバートさんと、イレイザさんがこっちの世界に来たみたいでさ。」
「え!? ちょっとマジでわかんないけど、なんであいつらがこっちに来てるの?」
「なんかギルちゃんとヘイちゃんが、こっちの世界を体験したかったみたいだよ。だから駅前の回転ずしおごってあげて、さっきビジネスホテルに預けてきた。」
八重子の頭の中で、思考が渦を巻く。
イレイザが魔法を使ったのは間違いない。
だが、時間軸の計算は並大抵ではない。
「イレイザとアルバートって、歳とってたりしなかった?」
もし数年かけて再計算したのなら、外見に変化があってもおかしくない。
「全然。こないだ会った時と変わらなかったよ。ただ、なんか四人とも変なジャージ着てたよ。なんでジャージ?って聞いたら、八重子が最初にくれたこっちの世界の服だって言ってたよ。」
電話越しでも、沙也が笑っているのがわかる。
――イレイザが再計算を終えたということ?
信じられない。でも、現実に時間のずれなく来ている以上、それしか考えられない。
「ってか、なんでよ! ジャージはたまたまそれしかなかったから渡しただけで、それにアルバートとイレイザの服をあえて買うお金なかったからしょうがないでしょ。」
「でもなんか、ジャージが正装ぐらいな感じだったよ。」
冗談交じりにからかう沙也。
「あ~もう、ただでさえ考え事が多いのに、どんどん増えるのやめて~」
八重子の悲鳴が、部屋の空気を震わせた。
「何か? 悩みあるなら言ってよ。」
――お前のことだよ!
心の中で叫びながらも、口には出さない。
「で、どうするの?」
「なにが?」
「何がじゃないでしょ。ギルたちをこのあとどうするかってこと。」
「あ~明日朝迎えに行って観光する予定。」
「ちょっと待ってよ。明日仕事だよ。まさか休むつもり?」
「たまにはいいじゃない。有給だって残ってるから、こういう時に使わないとね。」
人の有給の使い道に口を出すつもりはない。
だが、四人も引き連れて大丈夫なのか。
アルバートとイレイザだけでも、観光にはそれなりにお金がかかったのに。
「お金は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ちゃんとこういう時のために貯めてあるから。こないだも説明したでしょ。私、あんまりお金使わない派なんで。」
――いやいやいや、それは“紐男”をたくさん捕まえてたからでしょ…。
八重子は心の中で突っ込みを入れるが、声には出さない。
「私は明日、外せない仕事あるから休めないけど、任せても大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちゃんと異世界とのことは理解してるから。それに八重子にばっかり迷惑かけられないでしょ。」
その言葉に、八重子の胸が少し温かくなる。
「沙也…ありがとう。私も早めに仕事終えて合流するから。」
「りょうか~い。じゃ~八重子はお仕事がんばってね~♪」
――なんだろう、この微妙にイラッとくる言い方。
はぁ…なんか疲れる。
何もしていないのに、また考えることが増えた。
どうしたものか…。
八重子は紅茶を口に運ぶ。
ピロンッ。
スマホが震えた。
沙也からのメール。
なんだ?
ぶっ!!
口に含んだ紅茶を盛大に吹き出す。
添付されていたのは――
沙也を中心に、ヤンキー座りを決めるギルシア王とヘインズ聖王。
その背後で腕を組み、仁王立ちするイレイザとアルバート。
背景はどう見てもホテルの一室。
全員、真顔。
……なにやってるのよ。
八重子は額を押さえ、深く息を吐いた。
悩みは、また一つ増えた。
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