第21話 恋心
「ふ~、汗かいたね。」
「イレイザ、もう一度お風呂入ろう。汗、流したいからね。」
「はい。」
「沙也はどうする?」
「一人で待ってるの嫌だから、一緒に入る~。」
三人は再び湯に浸かり、ぽかぽかと温まった体を引き上げた。
湯上がりの肌に浴衣の布がさらりと触れる。髪は風魔法で乾かし、ほのかに湯気の香りが残る。
「ふ~、気持ちよかったね。」
八重子が満足げに息をつき、亜空間収納から取り出したのは、冷えたフルーツ牛乳。
「はい、イレイザ。」
「冷たい!」
瓶を受け取った瞬間、イレイザが目を丸くする。八重子から渡される飲み物は、いつも驚くほど冷たい。
八重子の部屋の冷蔵庫に入っていた飲み物もそうだった。
――こんな冷たい飲み物が毎日あったら…。
だが、それ以上に気になるのは、この見慣れぬ瓶の形。どうやって飲むのか、イレイザは首をかしげた。
同じく沙也にはコーヒー牛乳が手渡される。
「このキャップはね、こうやって取るの。」
沙也はマニュキュアの輝く爪をキャップのふちに引っ掛けた。
――あっ。
表面だけがペリッと剥がれ、失敗に小さな声が漏れる。
「もう、私が手本を見せてあげる。」
八重子が自信満々にキャップへ爪をかける。
ビリッ…結果は同じ。表面だけが剥がれた。
見よう見まねでイレイザが爪をふちに引っ掛け――
ポンッ。
見事、キャップをきれいに外すことに成功。
三人の視線が合い、次の瞬間、笑い声が弾けた。
「こうやって飲むのよ。」
八重子が腰に手を当て、ぐいっと瓶を傾ける。
イレイザも真似して腰に手を当てる。
「やめなよ~、おっさんくさい。」沙也が笑いながら止める。
「え~、温泉後の定番じゃない?」
「今時じゃないわよ。」
「こんな時ぐらい合わせてくれてもいいんじゃない?」
しぶしぶ沙也も腰に手を当て、三人そろって瓶を傾けた。
「おいしいいいいいい!」
イレイザが感嘆の声を上げる。
「何ですか、この飲み物は。こないだ師匠の世界に行ったときにはありませんでしたよね?」
「これはフルーツ牛乳っていって、温泉には欠かせないものよ。」八重子が胸を張る。
「これはさすがに八重子が作ったものじゃないでしょ。」沙也が即ツッコミ。
――温泉、温泉って言ってるけど、ここ銭湯だよね。まぁ、八重子が楽しそうだからいいか。
「まさか、何でも自分の手柄にしようとしてない?」
「そ、そんなことないし…」八重子は頭をかき、視線をそらす。
また笑い声が湯上がりの空気に溶けた。
「一つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「ん?」
「その沙也様の爪は、どのようになっているのでしょうか? 何とも言えぬ輝き、さらには爪とは思えぬ色合い。攻撃に使用できるのでしょうか?」
「攻撃って‥‥。戦えないわよ。」
「それよりもかわいいでしょう♪ これはネイルって言ってね、服とかと一緒でおしゃれでやってるの。イレイザにも今度してあげようか?」
「本当ですか? 是非お願い致します。」
「やめときなよ。洗い物とかしづらいよ。」
「もう、だから八重子はもてないのよ!」
「そ、そんなこと…あるかも。」
八重子がしゅんと肩を落とし、また三人で笑い合う。
その時、沙也が急に神妙な顔になった。
「そういえば、ちょっと三人だけの話なんだけど。」
「なに?」八重子が首を傾げる。
「アルバートさんって独身?」
???????
!!!!!!!
二人は声も出せずに固まった。
八重子にとってはただの騎士団の一人。
イレイザにとってはただの職場の同僚。
異性として意識したことなどなかっただけに、沙也の一言は衝撃だった。
「沙也、アルバートのことが好きなの?」八重子が驚きながら問う。
「私はイケメンが好きなの。それにマッチョだし♪」沙也は嬉しそうに笑う。
――そうだった。沙也はイケメンマッチョ好き。
以前、ランチの時にボディービル雑誌を読んでいたのを見たことがある。
「アルバートは、たしか独身だったと思いますよ。彼女もいないはずです。」イレイザが答える。
「本当!? 今日あとで話しかけようっと。」沙也の声が弾む。
「でも…師匠のことgsk――むぐっ!」
イレイザの口を八重子が素早くふさぐ。
「どうしたの?」沙也が怪訝そうに二人を見る。
「ううん、なんでもないの。イレイザがちょっと牛乳を変なとこに入れちゃっただけ。ねぇ、そうでしょ、イ・レ・イ・ザ。」
八重子の目が鋭く光る。――余計なことは言うな、の合図。
イレイザは残像が残るほど勢いよくうなずいた。
八重子の胸中では、計算が巡っていた。
――もし沙也とアルバートが付き合えば、沙也の心の傷も、アルバートの自分への執着も消えるかもしれない。
打算抜きでも、二人はお似合いかも。
アルバートは尽くすタイプだし、沙也は振り回すタイプ。面白いカップルになるだろう。
私の好みはもっとノリツッコミできる人だし、タイプじゃないんだよなぁ…。
八重子の思惑とは関係なく、イレイザは先ほどの恐怖を引きずったまま、身を縮めてフルーツ牛乳をすするのだった。
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