第20話 お肉を串に

ワイバーン部隊が、轟音と共に城外の広場へ急降下した。

砂塵が巻き上がり、兵士たちが思わず目を覆う中、鞍の上からレオン(矢野)が軽やかに飛び降りる。

続いてアルバート、そして騎士団と魔法師団の面々が次々と地面に降り立った。

「さ〜って、ハチに怒られる前に準備終わらすぞ!」

レオンの一声が、場の空気を一気に引き締める。

魔法師団員が亜空間収納を開き、そこから現れたのは――

巨大なヒュドラの肉塊と、山のようなライドウルフの肉だった。

「すごい……!」

料理長が思わず声を上げる。

「急げ! 毒抜きだ!」

料理長の号令に、料理人たちが一斉に動き出す。


ヒュドラ肉の毒抜きは、この世界でも限られた者しか知らぬ特殊な工程だ。

薬草に簡易治癒魔法をかけたポーションを薄め、その液に特定の果実酒を混ぜる。

そこへ肉を十分ほど漬け込むと、肉に含まれる猛毒が抜ける。

その後、しっかりと水洗いし、塩を振って余計な水分を抜けば、極上の肉へと変わる。

漬け込み後の溶液は毒が中和され、強力な精力剤として利用できる。

どちらも非常に希少で、王侯貴族ですら滅多に口にできぬ代物だ。


その光景を、ギルシア王、ヘインズ聖王、そして家臣たちは呆然と見つめていた。

討伐から帰還まで、わずか一時間半。

常識ではあり得ない速度だ。

「ただいま戻りました」

アルバートがギルシア王の前に膝をつき、報告を始める。

内容は――勇者の圧倒的な強さについて。

アルバートは興奮を隠せず、まるで少年のように語る。

最初は冗談かと思った王たちも、亜空間収納から次々と取り出されるヒュドラ肉と、十五匹分ものライドウルフの肉を目の当たりにして、疑う余地がないと悟った。


ヘインズ聖王は、レンス教の教えの中で勇者の偉業を聞き及んではいた。

だが、想像していたのは「剣聖より少し強い程度」の存在。

今、目の前に立つその姿こそ、伝説として語られる“本物の勇者”だと理解する。

ふと、ギルシア王の脳裏にある考えがよぎった。

――勇者がこれほどなら、賢者様は……。

かつて若き日の自分が恋い焦がれた、あの優しい賢者の姿。

だが、勇者とのやり取りを思い返すと、その印象は粉々に砕け散る。

「……賢者様を怒らせてはならぬ」

王は心の底からそう誓った。


魔王が討たれて数百年。

平和な時代において、賢者や勇者の真の力を目にする機会などない。

現代の剣聖も確かに強い。

だが、その称号は幾度かの試合や魔物討伐の功績によるもので、命を賭けた伝説的戦いの果てに得たものではない。


「一口大に肉を切りそろえろよ」

レオンが料理長に指示を飛ばす。

その横で、八重子が料理長に渡しておいた黄金色に輝く魚。

数は少ないが、極上の味を誇る。焼き魚にするのが最適だ。

その名はシューティングフィッシュ。

水中を矢のように駆け抜け、狙った獲物に突き刺さる。

岩すら貫く攻撃力を持ち、通常は捕獲不可能とされる。

漁師が偶然網にかけることがある程度で、伝説級の希少魚だ。

八重子は、その魚を十匹も提供した。

「……こんな魚を捌けるなんて、料理人冥利に尽きる」

料理長は感極まり、涙をこぼしながら内臓を取り除いていく。

庭園には、肉と魚の香り、そして戦いを終えた者たちの熱気が満ちていた。

宴の始まりは、もうすぐだ――。



長さ五十センチほどの丸太が、広場の片隅に用意されていた。

それを片手に持ち、もう一方の手には剣を握るレオン(矢野)。

「……何をするつもりだ?」

誰もが息を呑み、勇者の一挙手一投足を見逃すまいと視線を注ぐ。

その場の空気が、わずかに張り詰めた。

レオンが丸太を軽く振りかぶり――投げた。

丸太は空高く舞い上がり、青空を背景にゆっくりと回転する。

……そして、何事もなく地面にゴロンと転がった。

「どお? なんかするような感じした? 面白かった?」

レオンは悪戯っぽく笑う。

ただの冗談だった。

ドカッ。

「ぐはっ!」

レオンが前のめりに倒れ込む。

背後から八重子の鋭い蹴りが入ったのだ。

「馬鹿やってないで、ちゃんと準備できたの?」

温泉帰りの八重子が、冷ややかに言い放つ。


「賢者様、串の用意が出来ております!」

料理長が息を切らせ、両手に串束を抱えて駆け寄る。

「ありがとう」

八重子は受け取り、くるりと振り返った。

「さあ、肉と野菜に串を刺すわよ!」

「「「おおおおお!」」」

歓声が上がる。

その向こうで、レオンは背中をさすりながらうずくまっていた。

(……突っ込み強すぎだろ、八重子……)と、涙目で心の中だけで抗議する。


「さあ、ギル。串に肉を刺して」

八重子は、なんとギルシア王に串を差し出した。

「えっ……!?」

王は思わず固まる。

家臣たちが慌てて前に出て、「我々が!」と串を受け取ろうとする。

だが八重子はさらりとかわし、再び王の手元へ串を差し出す。

「ギル、こういうのはみんなでやるから楽しいの。王様とか関係ないのよ」

その優しい眼差しに、ギルシア王は胸を打たれた。

「……師匠……」

王は静かに串を受け取る。

「ほら、ヘインズも一緒にやるのよ」

八重子はヘインズ聖王を手招きする。

家臣たちは目を丸くし、王と聖王が並んで肉を串に刺すという、前代未聞の光景を見守った。


「お前らも、自分の分ぐらいやれよ」

レオンが家臣たちに串を配る。

初めての経験に、皆ぎこちない手つきだ。

肉をうまく刺せない者、欲張って肉ばかり詰め込む者――。

やがて、そこかしこから笑い声がこぼれ始めた。

戦いの緊張も、身分の隔たりも、この瞬間だけは消えていた。

串を手にした人々の輪の中に、穏やかな温もりが広がっていく。

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