第18話 やっぱり勇者はすごかった
空を裂くように、ワイバーンの群れが南方へと飛ぶ。
その先頭、風を切って進む一体の背に、レオン(矢野)が跨っていた。
「くぅ~! 久しぶりのワイバーン、いいねぇ! 高いところ、気持ちいぃぃぃ♪」
声は風に乗って後方まで響き、騎士団員や魔法師団員たちも思わず笑みを浮かべる。
彼らもまた、それぞれのワイバーンの背に身を預けていた。
これらはホーデンハイド王国が所有する軍用ワイバーン。
長距離移動や空中戦闘に用いられる、王国の誇る空の戦力だ。
今、彼らはヒュドラ発生地――南方の湿地帯へ向かっている。
ワイバーンの速度なら、三十分も飛べば到着する距離。
湿地帯特有の湿った空気が、すでに風に混じって鼻をかすめ始めていた。
「そろそろ降りるぞ」
レオン(矢野)が声を張る。
あまり近づきすぎれば、ヒュドラに気づかれる。
全機が高度を落とし、地上へと滑空していく。
「誰か、精霊の印を使えるか?」
レオン(矢野)が魔法師団に問いかける。
「私が使えます」
一人の師団員が目を閉じ、集中する。
淡い光が額に浮かび、精霊との感応が始まった。
「……見つけました。前方三百メートル先、ヒュドラがライドウルフの群れと交戦中」
報告の声に、場が一瞬ざわめく。
「え? ライドウルフの群れがいるのか?」
レオン(矢野)が眉をひそめる。
ライドウルフ――体長二メートル、常に数十体の群れで行動する魔物。
獰猛で、どんな敵にも統率の取れた連携で襲いかかる。
単体では脅威ではないが、群れとなればヒュドラ以上に厄介だ。
「はぁ……なんでヒュドラ倒しに来て、ライドウルフまで相手しなきゃならないんだ」
レオン(矢野)の口からため息が漏れる。
「お前ら、ライドウルフのほうを頼めるか?」
騎士団と魔法師団に視線を向ける。
「お任せください」
アルバートが即答する。
今回、彼は指揮官として両部隊を統率していた。
――ここで武勇伝を作り、賢者様に届ける。
そんな下心を胸に、アルバートは剣の柄を握り直す。
「行くぞ!」
レオン(矢野)の号令と同時に、全員が地を蹴った。
湿地のぬかるみが跳ね、泥が鎧やローブに飛び散る。
ライドウルフまで五十メートル――
魔法師団が足を止め、一斉に詠唱を開始する。
狙いはヒュドラからライドウルフの注意を引き離し、こちらに向かせること。
レオン(矢野)は一直線にヒュドラへ突進。
騎士団はライドウルフの群れに向かい、各個撃破を狙う。
「速い! くそっ!」
騎士団員が剣を振るうが、ライドウルフは素早く身を翻し、刃をかわす。
「もっと狙いを定めろ! 焦るな!」
アルバートの叱咤が飛ぶ。
魔法師団の火炎魔法が着弾し、ライドウルフの周囲に炎の壁が立ち上がる。
その動きを封じ、逃げ道を限定する。
アルバートが一体を斬り伏せると、それに続くように騎士団員たちも次々と撃破していく。
魔法師団の支援と連携が、徐々に戦況をこちらへ傾けていった。
アルバートが横目でヒュドラの方を確認する。
――???????
そこにあったのは、戦闘の真っ最中であるはずのヒュドラではなく、
鼻歌交じりでオールクリーヴァを操り、皮を剥ぎ、肉を切り分けているレオン(矢野)の姿だった。
アルバートの思考が一瞬止まる。
戦闘開始から、まだ三分も経っていない。
それなのに、目の前の勇者は悠々と解体作業に入っている。
「ちょっとまったぁぁぁ!」
思わず声を張り上げるアルバート。
その大声に、レオン(矢野)が手を止め、こちらを振り返った。
「え? 何? 何かあった? そっち手伝う?」
その表情は本気で心配しているようにも見える。
――ライドウルフを倒せなかったのか?
やばい状況なのか?
いや、騎士団と魔法師団だ。手練れ揃いだから大丈夫だと思って、完全に任せきりにしていた……。
少し反省する矢野。
「違いますよ! なんでもう解体してるんですか!」
アルバートが抗議する。
「え? ダメだった? このまま運ぶの?」
レオン(矢野)は首をかしげる。
昔は討伐後すぐに解体して八重子の亜空間収納に入れていた。
今は違うのか? 方法が変わったのか?
そんな疑問が頭をよぎる。
「そうじゃないです! なんで既に倒し終わってるんですか!」
アルバートの声には混乱と驚愕が入り混じっていた。
――一人で瞬殺? そんな馬鹿な。
俺だって騎士団副団長だ。
このままいけば剣聖の称号も夢じゃないと言われていた。
それが……俺がライドウルフ一匹を仕留める間に、ヒュドラを倒し、しかも解体まで始めているとは……。
複雑な感情が胸を渦巻く。
「だって弱いから……」
レオン(矢野)は本気で不思議そうに答える。
アルバートが何を求めているのか、まるで理解していない。
アルバートの認識では、いくら勇者といえどヒュドラ相手にはもっと苦戦するはずだった。
むしろ、ライドウルフを任せられた時点で、自分たちが早く片付けて加勢に行くべきだと考えていたのだ。
理解が追いつかない――。
その表情から何かを察したレオン(矢野)が、ふっと笑みを浮かべる。
「アルバート、しっかり見とけよ」
次の瞬間、レオン(矢野)の姿が揺らぎ、消えた。
湿地帯のぬかるみをものともせず、残像だけを残して駆け抜ける。
気づけば、ライドウルフ五体の首が宙を舞い、地面に落ちていた。
そして、元の位置にレオン(矢野)が立っている。
無駄のない、研ぎ澄まされた動き。
それでいて華麗で、見る者を魅了する剣技。
アルバートが物語の中で憧れた“勇者”の姿を、遥かに凌駕していた。
「これが……勇者様……」
アルバートの口から、感嘆の声が漏れる。
団員たちも唖然としていた。
勇者が動いたと思った瞬間、ライドウルフが次々と倒れていく。
彼らの目には、その動きは残像程度にしか映らなかった。
――早すぎる。湿地帯でなければ、さらに速いのかもしれない。
「これ……俺たち、いらなかったよな」
誰かがぽつりと呟く。
「さぁ、お前らも解体手伝えよ。ライドウルフもそれなりに食えるから、全部持って帰るぞ」
レオン(矢野)の指示に、
「「はい!」」
全員が声を揃えて返事をし、作業に取りかかる。
魔法師団の数名が亜空間収納を使い、肉や素材を次々と収めていく。
湿地帯に漂っていた血と泥の匂いが、次第に“戦いの後”の静けさへと変わっていった。
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