第17話 心の洗濯

「やっぱ生き返るね♪」

「異世界に温泉なんてあるんだね」

湯けむりの中、八重子と沙也が肩まで湯に浸かり、頬を緩めながら会話を交わす。

「師匠、お背中流しましょうか?」

「気にしなくていいよ~。それよりお酒、飲まない?」

「飲みた~い♪」

「飲みたいです! でも、こちらの世界には師匠の世界みたいなお酒はないですが……」

イレイザは湯の中で姿勢を正しながらも、内心では落ち着かない。

――師匠とお風呂なんて……それにしても、師匠も沙也様もなんてスタイルが良いのか。私は訓練ばかりで胸が……。私もあんなふうになれたら……。

そんな、ありがちな悩みが頭をよぎる。


八重子が湯船の縁に手を伸ばすと、亜空間収納から冷えた缶チューハイを三本取り出した。

湯気の中で、缶の表面から水滴がつーっと流れ落ちる。

「これ、こないだ出た新商品じゃない?」沙也が目を丸くする。

「つ、冷たい……この世界で本当に? 師匠の世界のお酒!」

イレイザは頬に缶を押し当て、ひんやりとした感触に目を細めた。

「ふっふっふ。来るときに買ってきたんだよね。果汁多めで、糖質五十パーセントカット。良くない?」

八重子は楽しげに、二人へ一本ずつ手渡す。

実はまだまだ在庫はある。スーパーで冷えたものを見つけるたびに少しずつ買いだめし、亜空間収納にしまっておいたのだ。

――こういう時が来るかもって思ってね。まあ、ちょっと家で飲んじゃったけど。


湯けむりの中、三人は缶を掲げる。

「「「かんぱ~い!」」」

プシュッという音とともに、甘酸っぱい香りが広がる。

「美味しい♪」

「これ、いいね」

「もっと欲しいです!」

笑い声が湯面に弾け、温泉の静けさをやわらかく揺らした。



「異世界にも温泉があるなんて、不思議だね」

沙也は湯に浸かりながら周囲を見渡す。

岩で囲まれた湯舟、木の柵で外からの視線を遮り、その外側にはさらに木々が植えられている。

日本の温泉と遜色ない造りだ。

「そりゃそうだよ。私が作ったんだから」

八重子がさらりと言う。

「そうなんだ♪」

「え!? どういうこと? 八重子が作ったの?」

沙也は思わず声を上げる。

――ちょっと待って、今“作った”って言った? 魔王討伐だけじゃなく、新しい文化まで作ってるの? この人、何者なの……。


「イレイザは知ってたよね?」八重子が振る。

「すみません……まさか師匠が、この世界の温泉を作ったなんて」

――なんでよ、子供の教科書に載せときなさいよ。私の偉業を軽く見すぎじゃない?

八重子は心の中でぼやく。

「えー、イレイザも知らなかったの? 誰か歴史書に書きなさいよ、まったく」

八重子は肩まで湯に沈めながら続ける。

「こっちの世界って昔は水浴びしかなかったから、地脈を調べて“ここ掘ったらいけるんじゃない?”ってやってみたら、案の定お湯が出たの」

「で、その辺の人に手伝ってもらって温泉を作ったんだよね。だから私が行った場所には、大抵あるよ」

胸を張って自慢する八重子に、沙也もイレイザも言葉を失う。

湯けむりの向こうで、またひとつ“賢者”の規格外ぶりが明らかになった瞬間だった。


のぼせる前に温泉を出る三人。

三人とも温泉に用意してある浴衣のような服を着る。

「まさかだけど、これも八重子が?」沙也が恐る恐る聞く。

「そうだよ。温泉っていたら浴衣でしょ。」また、軽く答える八重子。


「本当に八重子ってこんなにすごい人だったの?なんか私の知ってる八重子じゃないみたい。」

「本当の八重子はどこぉ?」冗談がてら沙也がきょろきょろする。


「いやいや、違うって。だって水浴びしか年中出来ないんだよ。いやじゃない?」八重子が沙也に訴えかける。

「う~ん・・・?」沙也にとってはその環境の想像ができない。

「わかる!わかります!師匠」イレイザが声を上げる。


冬の水浴びは本当につらいです。

お湯を沸かして浴びてもすぐ冷めるし。


なんか異世界って昔すぎないかと思う沙也だった。


「それに浴槽に温めた湯を溜めるなんて貴族とか王族しかできない贅沢ですからね。」

「温泉が出来たおかげで国民がどれだけ助けられたか。」しみじみイレイザが語る。


「師匠!久しぶりに勝負しませんか?」イレイザが八重子に声をかける。

「いいねぇやろうか。」八重子が答える。

沙也が何のこと?と二人を見ている。

三人は温泉の娯楽施設へ移動した。



イレイザの指先がラバーに振れた瞬間、空気が張り詰めた。

対面の八重子は無表情だ。だがその沈黙の奥に、読みあいの火花が散っている。


「サービス、行きます」


ボールが宙に舞う。

一瞬の静寂。

そして、刃のような回転が加えられた球が、ネットすれすれに滑り落ちる。


八重子は即座に反応。鋭く切り返し、逆回転を書けるようにラケットを振る。

だが、イレイザはすでに次の一手を読んでいた。

台ギリギリに跳ねる球をすでにイレイザが待ち構えている。

球は白い閃光となって、台の端をかすめる。


「イレイザ、一点。」

「十二 対 十でイレイザの勝ち」沙也がイレイザ勝利を宣言する。

温泉地での遊び、卓球である。


「くやしいぃぃぃぃ。」八重子が吼える。

「一回負けただけじゃない。」沙也が八重子を落ち着かせる。


「やったぁぁぁ!師匠に勝ったぁぁ♪」イレイザが飛び跳ねて喜ぶ。

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