第四十二話:ペア割
「田所君、最近もダイエットは継続しているの?」
職員室に向かう道中、僕は森さんに声をかけられた。
「うん。継続しているよ」
「そうなんだ。体重いくつになった?」
「ふふ。なんと58キロ!」
「えー、本当!? すごい!」
森さんは自分のことのように喜んでくれた。
「それじゃあ、目標体重までは後1キロだねっ」
森さんには以前、僕の目標体重を教えていたが、まさか覚えていてくれているとは思っていなかった。
「うん。……まさかここまで痩せることが出来るとは思っていなかったよ」
「あはは。一気に痩せたよね、本当に」
森さんは微笑んでいた。
「……そのせいか、最近、田所君、結構色んな子から噂されているよ?」
「え、噂?」
「うん。あの可愛い子誰!? って」
……可愛い、か。
出来れば、男らしいとか言われたかったかもしれない。
文化祭準備期間が始まる少し前くらいから、僕はジムに通い始めた。ペースは週二。ここ最近は、始めた当初よりも重量を重くすることが出来始めているのだが……確かに、筋肉が増えた気はあまりしていない。
「まあ、田所君の顔立ちは、中性的だからね」
「……そっか」
……もう少し、ジムに通う頻度を増やそうかな?
「……あ、あたしはっ! 田所君の顔つき、凛々しいとも思っているけどね!?」
「え? ……あ、あはは。ありがと」
森さん、優しいな。
僕が男らしくなりたいと思っていることを察して、フォローしてくれるだなんて。
「……ねえねえ、田所君ってもしかして、ジム通いとか始めた?」
「え?」
「違ったらごめんだけど……」
「合ってるよ。通い始めたんだ」
森さんの顔がパーっと晴れた。
「やっぱり! どこのジム!?」
「え……とりあえず、続くかわからないし、市営の体育館のジムだよ?」
「そっか。体育館かー。正しい選択だよね。ジム入門にはぴったりだよ!」
そんなことを話している内に、僕達は職員室に到着した。
重い宿題を担任の先生の机の上に置いて、僕達は職員室を後にした。
「田所君、ちなみにあたしもジム通いしているよ」
職員室を出た途端、森さんが言った。
「え。そうなの!?」
「うん。あたしもボディメイクに興味があって」
そういえば森さん、文化祭の時に僕が言ったジム通いの話にも理解を示していたっけ。
「……それでさ。田所君、体育館のジムに通うようになってどれくらいになるの?」
「え?」
僕は頭の中で体育館のジムに通い始めた期間を数えた。
「……二カ月くらい?」
「そんなに。それじゃあ、そろそろ月額のジムと契約してもいいかもね」
森さんはスマホを取り出した。
「ほら、こことか。体育館のジムとは違って、24時間行きたい時に15分とかでもふらっと行けるし……何より、店舗もこの辺だけでこれくらいある」
「……へー」
「田所君の家の最寄り駅ってどこ?」
「へ?」
僕は森さんに自宅の最寄り駅を教えた。
「そっかそっか。あそこか」
「……うん」
「へー。ほー。ふーん」
「……森さん?」
「……はっ」
森さんは声にも出したが、ハッとした様子だった。
「ごめんごめん。その最寄り駅だったら、このジムは二か所あるね」
「そうなんだ」
森さんのスマホが示すマップ情報を見れば、僕の自宅から徒歩五分圏内にも一か所あるらしい。
そういえば確かに、散歩する時に見かけたことがある気がする。
「……どう?」
「え?」
「このジム、契約してみない?」
……あ、そういうことか。
森さん、僕に体育館のジムではなく、月額ジムへの契約を勧めるべく、今の話を展開していたのか。
……どうしよう?
いやまあ実際、二カ月近くジムに通ってみて、この後も継続してジム通い出来る自信はついたのは事実なんだよな。
それでいて、体育館のジムは一回で利用料が決まるから、長時間滞在しないと元が取れず、ふらっと行くことが出来ないところに困ることもあるし……。
でも、月額料金、結構高いんだよなぁ。
「……厳しい?」
「うん。月額料金が……ちょっと」
僕は苦笑した。
一高校生に、ジムの月額料金は結構値が張る。
「……実は、さ。このジム、あたしは契約しててね?」
森さんは少し気まずそうに、スマホをスワイプさせた。
スクロールされた画面には……。
「……利用料を抑える方法もあるんだ」
月額料金の割引プランについての説明もあった。
「ペア割、って、言うんだけど……」
森さんが提案した割引プランは、ペア割プラン。
つまり、男女が一人ずつの合計二人で月額契約するプランのことだ。
ジムに一人で通いづらい人向けに、夫婦やカップルで通うことが出来るメリットがある、中々に素晴らしいプランだと思えた。
……が。
「ぺ、ペア割……」
僕と森さんが二人でこんなプランに契約したら……その、誤解されたりしないだろうか?
「……別に、契約はペア割プランでするだけで、毎回一緒に入店しないといけないわけではないの」
森さんはポツポツと話し出した。
「今時、利害関係が一致した男女がペア割で一緒に契約することも珍しくない……と思う」
思うと言うまでの間に、異様に間があった気がするけど、気のせいか?
「……どう?」
「どう……と、言われても」
……少し疑問だった。
森さんはさっきから、僕にばかりペア割をするかどうかを尋ねてくるが……彼女は良いのだろうか。
僕と、ペア割しても構わない、と言うのだろうか?
……多分、良いんだろうな。
こんな提案をしてきている以上は。
そうか。
きっと森さんも、ジムの月額料金を少しでも安くしたいんだ。
だから……利害関係が一致するから、僕とのペア割を選んだ。実に合理的な判断だと思った。
「わかった」
であれば、僕もそれに乗らない手はない。
僕は頷いた。
「本当!?」
途端、森さんの顔はパーっと晴れ渡った。
「うん」
「本当!? 本当に本当!?」
「う、うん……」
「やったー! やったーっ!」
……森さん、そんなにお金に困っていたのかな?
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