第六章:クリスマスデートに誘う覚悟

第四十一話:変化

 文化祭が終わって早一か月。


「58キロ」


 僕の体重は58キロにまで減少した。

 目標体重である57キロまでは、後1キロとなった。


「ついにここまで来たか……」


 この前まで、何も成すことが出来なかった僕が、最初に始めた自分改革がダイエットだった。

 そのダイエットの目標達成も間近に近づき、僕は既に少し感無量な心持になっていた。


「いけないいけない。まだゴールをしたわけじゃないんだ」


 そう。僕のダイエットは、まだ終わっていない。後1キロ、僕は体重を落とさないといけない。

 感極まる瞬間は、そこまで取っておくことにしよう。


「行ってきます」


 家を出ると、冷たい風が僕を襲う。

 季節は冬。12月の中旬。

 僕は身を縮こませながら、早足で学校へと向かった。


「田所君、おはようー!」

「おはよう、木下さん」

「田所、おっす」

「おはよう、竹内君」


 学校に到着した僕は、ネックウォーマーを取りながら、挨拶をしてくれたクラスメイトに笑顔で返事をした。


「おっすー、田所」

「しまむー。おはよ」

「おい、お前、期末テストの勉強やってる?」

「うん。程々にね」

「マジかー。準備が早いなー」


 ……正直、少し前まででは、考えられない光景だった。

 僕がクラスメイトと、こんな……友達のような会話を楽しむ日がやってくるだなんて。


 自分改革を始めて、早四ケ月。


 ダイエット。

 勉強。

 そうして、文化祭。


 思えば、これまでの人生では考えられないくらい、濃密な四ケ月を過ごしてきた気がする。


 自分改革をしている間に、夏服だった制服は冬服へと変わった。


『あんた、制服ぶかぶかじゃん……』


 春着ていた制服に再び袖を通した時、母の驚いた顔が未だに忘れられない。


『……半年で買い替えるの?』


 同時に、母の絶望した顔も忘れられない……。

 

「ごめんね、田所君。日直の仕事手伝ってもらっちゃって」


 そんな昔の話はともかく、放課後、僕は森さんに付き合って、職員室に一緒に向かっていた。

 今日、森さんはクラスの日直を務めていた。

 その際、今日提出の数学の課題を、帰りのショートホームルームで集めたのだが、教壇に積まれたノートの束を見た時、一人で持っていくのは大変そうだな、と思った。


『田所君、惟子を手伝ってあげてよ』


 そして、教室からクラスメイトが去っていく中、木下さんが突然そんなことを言い出した。


『ち、ちょっと彩佳!?』

『ねー? いいでしょー、田所君ー?』

『別に構わないけど……』

『えっ……』


 森さんの顔は、何故かほんのりと赤かった。


『何々、惟子、田所君の厚意を無下にする気?』

『ち、ちがわいっ!』


 そういえば文化祭以降、森さんはこうして、あからさまに取り乱す機会が増えた気がする。


『あたしは大丈夫だから。こんなの一人で全然持っていけるし!?』

『いや無理しちゃ駄目だよ。いいじゃん。田所君も構わないって言ってるんだし』

『あたしが構うの!』

『えー!? 惟子、田所君のこと嫌いなの!?』

『ちょっ……』


 ……胸がギュッと締め付けられた気がした。

 文化祭以降、森さんとは仲良くしていたつもりだったから……ショックだったんだと思う。


『……彩佳、あなたね』

『何?』


 森さんは下唇を噛みながら、伏し目がちに小さく呟いた。


『……じゃない』

『え、何?』

『嫌い……じゃない』


 ……ほっ。

 なんだ、そうだったのか。

 嫌われてなくて良かった。


『も、萌実。萌実からもなんか言ってよ!』

『好きにしなよ』


 森さんは萌実に助け舟を出すも……実に萌実らしい反応を返されていた。

 そうして結局、僕達は二人でノートの束を持ち、職員室へと向かっていた。

 廊下を歩く最中、森さんはずっと申し訳なさそうに俯いていた。


「森さん、これくらい全然気にしないでよ、僕は大丈夫だから」

「……でも」

「大丈夫。本当、むしろ、丁度いい運動程度にしか思っていない」


 ダイエットを始めて以降、運動習慣がついたおかげか……僕は一日の歩数にノルマを課すようになった。

 今日はまだノルマには達していないこともあって、これくらいは別に分けなかった。


「本当、ごめんね。……今度は彩佳に付き合わせるから」

「あはは。木下さん、可哀想だね」

「可哀想じゃないよ。……まったく、どうしてあの子は、色恋沙汰になるとこう……」

「え。何?」

「き、気にしないで」


 最後の方、森さんの声は小さくてよく聞こえなかった。

 しかし、気にするなと言うのだから、気にしない方がいいのだろう。


 しばらく、僕達の間に会話はなかった。

 上履きをキュッキュッと鳴らしながら校庭を歩き、時折ぼんやりと窓の外を見ていた。


「日が暮れるのも随分と早くなったなぁ……」


 この前まで、放課後になっても日が陰っていなかったはずなのに……今ではすっかり、外は真っ暗だ。


「寒くなってきたよね」


 森さんが言った。


「そうだね。森さん、風邪引かないようにね?」

「大丈夫。最近はお腹出して寝てないから……はっ」

「……はは」


 森さん、お腹出しながら寝ているのか……。

 言葉に困った僕は、苦笑して誤魔化した。


「わ、忘れて……田所君」

「うん。わかった」

「……本当に忘れてくれてる?」

「わ、忘れるよ?」

「……どうだか」


 相当恥ずかしかったのか、森さんはしつこく食い下がってきた。


「萌実に聞いたけど、田所君、滅茶苦茶記憶力いいんでしょ」

「萌実、何話してるの……?」

「日頃は口数少ない癖に、田所君の話題になると口挟んでくるんだから、萌実は……」


 そうだったのか。


「……あ」


 森さんは何かを思い出したように、バツが悪そうに声をあげた。


「あ、あの……田所君?」

「何?」

「今の話も……出来れば忘れて」

「……え」

「萌実にバレたら怒られるから……」


 ……僕から目を逸らす森さんは、少し焦った様子だった。

 どうして、萌実が僕の話題に口を挟んだ過去を語ると、森さんが萌実に怒られるのか。


 ……少し前の僕なら、その理由を一晩中考えて、想い耽り続けたのだろう。


 ただ、今の僕は少し違う。

 ……全ては僕が、自分改革を始めたから。


『あたし、あっちゃんのこと……好きだから』


 自分改革を始めたおかげで……僕はまた萌実に釣り合いかけることが出来て、萌実の胸中を知ることが出来た。


 ただ、萌実の口から出てきた言葉は……思いがけないものだった。


「そういえば田所君、最近、萌実とあんまり話してないね」

「……そうだね」


 萌実のあの告白から一か月。

 僕と萌実は釣り合いかけることが出来たはずなのに……最近、彼女と話す機会は以前よりも減っていた。

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