第11話 冬と新しい始まり

冬の匂いが、街の端々まで冷たく染みていた。朝の空気は鋭く澄み、吐く息が白くなり始める。街路樹の木々はすでに葉を落とし、裸の枝が灰色の空を背景に細く影を描いている。歩道に散った枯葉は凍てつき、足音に微かにきしむ音を立てる。



その冬の始まりの日、会社では新しい年度のプロジェクトが始動していた。昨年までとは違う挑戦が待っている。仲間の配置も変わり、責任がこれまでより重くなった。寒さとともに、俊介の胸にも緊張が訪れていた。


午前、会議室の窓越しに薄曇りの光が差し込む。ヒーターの音が控えめに響き、外からは風がビル壁を滑り落ちるように吹きつける。彩が発言した。


「この方向性で進めるなら、私たちの強みを前面に出した方がいいと思います。クライアントにも、“ただ忠実”だけでなく“共に考えるパートナー”として見られたいです」


その言葉に、部屋の雰囲気が少し変わる。俊介は彩の真剣な声を聞きながら、自分の胸の奥にあたたかなものが広がるのを感じた。支えられてきた関係が、共に歩む意識へと変わっていく瞬間だった。



昼過ぎ、砂糖入りのコーヒーが机に置かれていた。彩が先に入れてくれていたのだ。白い湯気が寒さの中でくるくると舞い上がる。


「冷えますよね。暖かくして」

彩のその一言が、俊介の心に小さな灯をともした。言葉にしなくても、その気遣いが、彼にはなによりも心強かった。


午後の時間が重くなるころ、仕様変更の連絡が入り、作業量が一気に膨らんだ。チームのメンバーも疲れを見せ始める。ヒーターの温かさが追いつかないほど、オフィスの空気は冷え込んでいた。


だが、彩はその中でも自分の役割をはっきりさせた。


「ここは分担します。私、この部分を引き受けますから」


そしてまた、二人で並んで夜遅くまで作業を続ける。窓の向こうには街灯がぽつりぽつりと灯り始め、白い吐息がガラスに曇る。外の寒さとは裏腹に、二人の心は熱を保っていた。


夜が更け、会社を後にする時間。雪はまだ降っていなかったが、風に混じって小雪のような冷たい粒が舞う気配があった。街灯の灯りが濡れた路面を淡く照らし、一歩一歩、足音が反響する。


彩がコートの襟を直して、そっと言った。

「今年、ちゃんと私、あなたと一緒にいたいです」


その言葉は、ただの希望ではない。約束にも似たものだと、俊介は胸に刻んだ。


「僕も。君となら、どんな冬も乗り越えられる気がします」


その夜、帰り道の雪雲を仰ぎながら、俊介は思った。

冬は、終わりではなく新しい始まりなのだと。冬の寒さの中にこそ、芽吹くものがある。凍てついた土からでも、緑は必ず芽を出す。


――冬の静寂の中で見つけた、小さな光。それは、彩と支え合いながら歩くこれからの自分への希望だった。

雪が舞いながら降っていると

「雪……見ました?」彩が驚いたように言う。

「うん。こんなに静かに降る雪は久しぶりだ」俊介はそう答えながら、彩のコートの袖を少し直してあげた。肩が触れたとき、胸の奥に小さな違和感と幸福が混じった。


夜の通りは人影もまばらで、雪の粒が路面に積もり始めていた。静かな世界の中で、二人の足音だけが雪を押しつぶしていく音を伴っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る