第12話 新年のはじまり

新年の朝、境内には薄氷を透かすような光が差し込んでいた。冷たい風が鈴を揺らし、参道脇の松の枝には雪の名残が白く残っている。提灯の灯が静かに揺れ、「あけましておめでとうございます」という声が澄んだ空気に響いた。


俊介と彩は、人波の中を並んで歩いた。参道には手を振る人々、甘酒を売る露店、朱色の絵馬が並ぶ掛所。彩が小さな声で言った。


「佐伯さん、昨年は本当にありがとうございました。今年も、あなたと一緒にいたいです」


吐いた息が白く漂い、二人の間に淡く広がった。俊介はその言葉を胸に受け止め、静かに答えた。


「僕も。あなたとなら、どんな困難でも一緒に歩いていける」


――年が明け、初出勤の日。オフィスの窓から射す冬の光が、雪をいただいた屋根の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。


「明けましておめでとうございます、彩さん」

「おめでとうございます、佐伯さん。今年もよろしくお願いしますね」


そのやりとりには、もう遠慮や迷いはなかった。仕事の責任は重くとも、二人でなら乗り越えられるという確信があった。冷えた窓の外に広がる凍てついた景色の中で、心の奥には確かな春の芽が息づいていた。冬は終わりではなく、新しい始まりの序章なのだと俊介は感じていた。


数日後――冬の終わりを告げるように、朝の気温が少しだけ緩んだ。その日、会社近くの公園で、彩が足を止めた。雪解けの土から、小さな花がひっそりと顔を出していたのだ。薄紫のスミレ。その花弁は陽の光を受け、淡くきらめいていた。


「見てください。スミレです。こんなところにも春の足音があるんですね」


彩が柔らかく微笑む。その横顔を見ながら、俊介は思った。寒さの中を共に歩んできたからこそ、この小さな春が、何よりも尊いものに思えるのだ。


「うん。君と一緒に見るから、余計に美しい」


彩は少し驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに笑みを返した。夕陽がふたりの影を長く伸ばし、冬の冷たさをほんのりと和らげていく。


――この新年は、ただ暦が改まっただけではない。冬の深みの中で育まれた信頼と、共に歩もうとする意思が、二人の足跡を未来へと続けていた。春の訪れはまだ遠くても、その予感は確かにふたりの胸に根づいていた。

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