第6話 任された仕事
ある日、課長から突然声をかけられた。
「佐伯、この案件、やってみないか」
それは新規の小さなプロジェクトだった。以前の俊介なら即座に断っていたはずだ。だが今は違った。石川さんの「やってみろ」という声が背中を押していた。
「……はい、やらせてください」
自分でも驚くほどはっきりと答えられた。
小さな案件ではあったが、資料の作成、取引先との打ち合わせ、進捗管理――これまで避けてきた仕事に正面から取り組むことになった。
もちろん、順調には進まなかった。
初めて作った提案資料には不備があり、取引先から容赦なく指摘された。電話を切ったあと、机の下で握りしめた拳が震えていた。今すぐに逃げ出したい気持ちに駆られたが、ふと石川さんの言葉が頭をよぎる。
――「まずは、やってみろ」
深呼吸して、再びパソコンに向かった。夜遅くまで修正に没頭し、翌日にはなんとか形にした。
そんな俊介の姿を、同僚たちも少しずつ認め始めていた。
「佐伯くん、あの表の整理、分かりやすかったよ」
先輩の一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。これまで「役に立たない」と思い込んでいた自分を、仲間が支えてくれている。その実感が、不思議な力をくれた。
次第に、周囲のほうから声がかかるようになった。
「ここの数値、俺が確認しておくよ」
「佐伯さん、この書式は私のほうで整えておきます」
気づけば、分担して作業を進める流れが自然にできていた。机の周りに集まった同僚たちと議論を交わし、意見をぶつけ合いながら形を整えていく。その熱気に包まれていると、不思議と疲れは感じなかった。
ある夕方、机に資料を並べて頭を抱えていると、彩が声をかけてきた。
「俊介さん、この部分、私も一緒に見ていいですか?」
「え、いいのか?」
「もちろんです。私も勉強になりますから」
彩は笑顔で椅子を引き寄せ、隣に座った。
彼女と意見を交わしながら資料を直していくと、不思議と作業が進む。そこに先輩が顔を出して言った。
「お、若い二人が頑張ってるな。ここの図表なら、俺がチェックしてやるよ」
笑いが起こり、空気が一気に和らぐ。気づけば、時計の針が大きく回っていた。
「……ありがとう。正直、助かったよ」
俊介が言うと、彩は少し照れたように微笑んだ。
「いえ、私こそ。俊介さん、最近すごく変わりましたよね」
「変わった?」
「前より、自分の意見をはっきり言うようになったし。なんだか頼もしいです」
その言葉に、俊介は言葉を失った。
――頼もしい。そんなふうに言われたのは、生まれて初めてかもしれない。
プロジェクトは小さなものだったが、俊介にとっては大きな第一歩だった。失敗しても逃げず、仲間に支えられ、彩と共に乗り越えた日々。
確かな手応えが胸に残り、彼は初めて「次も挑戦したい」と心から思った。
そして心の中で、静かに石川さんへ語りかけた。
――自分は少しずつだけど、変われてきています。
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