25話 陰謀の影
「ヴァルク、お前、アメリア殿下に狼のことを言わなかったのか?
狙われたのは彼女しかありえないだろう!」
シンシアの言葉は、酒の匂い漂う大広間に鋭く突き刺さった。
その瞬間だけ、音楽や笑い声が遠のいたように感じる。
「シンシア……」
ヴァルクの低い声には、警告の色が濃かった。
だが彼女は怯まない。
「隠してどうする。彼女はもう狙われているんだ。知らぬままでは守りようもない」
鋭い眼差しがぶつかり合う。
力で押さえ込もうとするヴァルクと、真実を突きつけようとするシンシア。
アメリアは息を呑み、ふたりを見比べた。
胸の奥で、恐怖とは違う熱が広がっていく。
――自分は狙われている。
けれどその事実に怯えるよりも、真実を知りたいという気持ちが勝っていた。
「……本当なのですか?」
思わず口にした言葉が、自分の声とは思えないほどはっきり響いた。
アメリアの問いかけに、ヴァルクの表情がわずかに揺れた。
答えかけた唇が、しかし次の瞬間、硬く閉じられる。
「……今は宴の席だ」
低い声がそれ以上を拒むように響いた。
シンシアはなおも言葉を重ねようとしたが、向かいに座るガルドが陽気な声で割り込んだ。
「おいおい! 王女殿下! こっちの料理も召し上がってください! この猪肉は俺が仕留めたんですよ!」
彼が豪快に大皿を差し出すと、周囲の騎士たちも「おお!」とどよめき、場が一気に明るさを取り戻す。
別の席からは「次は俺の武勇談を聞いてくれ!」と声が飛び、音楽隊の音色も力強さを増した。
アメリアは差し出された料理を受け取りながら、ちらりとヴァルクを見た。
彼は何事もなかったかのように杯を傾けていたが、その横顔は硬く、決して笑ってはいなかった。
胸の奥に、もやのような疑問が渦を巻く。
けれど今は――騎士たちの笑い声に飲み込まれ、言葉を続けることはできなかった。
アメリアの視線に気づいたのか、ヴァルクはゆっくりと杯を置いた。
彼は身をわずかに傾け、低い声で囁く。
「……殿下。ここでは話せぬ。後で、執務室に来てくれ。」
その声音には、いつもの冷静さに混じってわずかな苛立ちを感じる。
アメリアは息を呑み、静かに頷く。
胸の奥で膨らんでいた疑問と不安は消えなかったが、それ以上は何も言えなかった。
次の瞬間、ガルドが「ほら殿下! この鹿肉もどうぞ!」と豪快に大皿を差し出し、騎士たちの笑い声がふたりを包み込んだ。
宴の熱気にかき消されるように、ヴァルクの言葉はアメリアの心にだけ深く刻まれた。
宴が終わり、ヴァルクの指示どおり執務室へと向かった。
執務室に入ると、先ほどの宴の熱気が嘘のように消え去った。
厚い扉が閉じられると、外の喧騒は一切届かない。
ランプの炎が静かに揺れ、重苦しい沈黙が広がった。
ヴァルクは机の端に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……わざわざすまない。今日中に話をした方が良いと思って」
「…はい」
アメリアの胸が高鳴る。
彼は一瞬だけ目を伏せ、それから正面を射抜くように見据えてきた。
「シンシアの言ったとおり、あの狼たちが襲撃した理由は――殿下、あなただ」
アメリアの心臓が強く跳ねた。
予想していたはずなのに、実際に口にされると身体が冷える。
「だが、奴らの狙いはあなたの命ではない。
おそらく…殿下に傷を負わせ、護衛である我ら騎士団の落ち度とすることだ」
「……なんのために?」
アメリアの声が震える。
ヴァルクは低く頷いた。
「おれの立場を揺るがすには、それが最も確実だからだ」
「……婚約を潰したい…ということ?…アレクサンダー王子…」
その名を口にした瞬間、ヴァルクの瞳が冷たく光った。
「いや。山の民がユーラシアの依頼を受けることはない」
「では……」
アメリアは思わず身を乗り出した。
「ロキアの、内部から?」
ヴァルクは沈黙ののち、低く答えた。
「おそらくはな」
胸の奥で氷が砕けるような感覚が広がる。
裏切り者が、自分の国のどこかにいる。
「……ユーラシア以外に、この国を脅かす者が…」
ヴァルクは答えなかった。
ただ、視線だけが鋭くアメリアを射抜き、その沈黙こそが肯定であるように思えた。
ヴァルクは低く断言した。
「この件はこちらで調べよう。
ノルディアでは、あなたを脅かす者がいないようにする。だから安心して過ごしてくれ」
その声音には、揺るぎない自信と騎士団長としての誇りが滲んでいた。
けれどアメリアの胸の奥では、不安が小さな棘のように残り続ける。
――守られているだけでいいの?
ふと、大切なことを思い出した。
自分がこの地に来たのは、ただ安穏と日々を過ごすためではない。
王女として、そして国を救うために――。
「ヴァルク様!」
アメリアは勢いよく顔を上げた。
その瞳には、恐れよりも強い決意が宿っている。
「お願いがありますの。
首都とノルディアを繋ぐ道路――その経路図を、見せていただきたいのです」
ヴァルクの眉がわずかに寄る。
「……道路の工事なら経路はすでに決まっている。殿下が気にする必要はない」
「存じています」
アメリアは首を振った。
「けれど、どの山を越え、どの川を渡り、どの村を繋ぐのか……
未来を考えるために、私も確かめたいのです」
ヴァルクはじっと彼女を見据え、しばし沈黙した。
その視線には「何を考えているのか」と探る鋭さが宿っていた。
「……わかった」
やがて彼は深く息を吐き、低く答えた。
「ハロルドに伝えておこう。明日にでも確認してくれ」
アメリアは強く頷いた。
(よかった…金脈の場所はわかっているから、どれくらいで発見できるか予想がつくわ)
満足した様子のアメリアに、ヴァルクは眉を顰めた。
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