24話 宴

宴が催されている大広間は、騎士団の面々が全員入ってもなお余裕があるほどの広さを誇っていた。

高い天井には大きなシャンデリアが吊るされ、壁には紋章入りの旗が整然と並んでいる。


ヴァルクに伴われてアメリアが姿を現すと、ざわめきが一気に高まり、あちこちから歓声が上がった。

騎士たちの視線が一斉に集まる。その熱気に思わず背筋が伸びる。


「アメリア王女殿下! こちらにどうぞ!」


長い卓の中央には、ふたりのための席が用意されていた。

ヴァルクが椅子を引く仕草に礼を言い、アメリアはその隣に腰を下ろす。


合図とともに音楽隊が弦を弾き、明るい調べが流れ出した。

豪勢な料理が次々と運ばれ、場内は一気に活気づく。

焼きたての肉の匂いと香辛料の刺激的な香りが混じり合い、アメリアは思わず深く息を吸った。


「……にぎやかですね」

思わずこぼれた言葉に、正面に座っていたガルドが大声で笑った。


「いや~、実はこの大広間で宴を開くのは初めてなんです。

普段は食堂で肉にかぶりついて酒を流し込むだけ。こんな洒落た料理や音楽なんて、俺たちには場違いすぎて緊張しっぱなしですよ!」


その言葉に周囲の騎士たちも頷き、どっと笑いが広がった。

素朴な反応に、アメリアの緊張は少しずつ解けていった。


会話が弾む中、シンシアがワイン瓶を片手に近づいてくる。

「私も一緒にいいか?」


彼女がアメリアの隣の椅子を引こうとした瞬間、ヴァルクの鋭い眼光が走った。

「……」

その視線にシンシアは肩をすくめ、あっさりと腰を下ろす。


「そんな怖い顔しないでよ。さっきもライオネルからこってり絞られたんだから」

わざとらしくため息をつきながら、ワインを注ぐ。


「ごめんね、アメリア王女。ロキアでは一夫一妻制だって知らなくて」


一瞬、卓の空気が凍りついた。だが次の瞬間、ガルドが腹を抱えて大笑いした。


「はっはっは! おいシンシア、それをわざわざここで言うか!」

「いやあ、さすが常識がひと味ちがう!」

「ヴァルク様が怖い顔をするのも無理はない!」


周囲の騎士たちも口々に冷やかし、場は再び笑い声で包まれた。

シンシアは苦笑を浮かべながらも、まんざらでもなさそうにワインを口に運ぶ。


「ふん、文化の違いってやつさ。けど、正式な婚約者になったのだから、ヴァルクとの子はもう諦めるよ」


またどっと笑いが起こった。

アメリアは思わず口元に手を当て、笑いを堪える。

この大広間は、ただの宴ではなく――騎士たちの家そのもののように思えた。


ガルドの笑い声を合図にしたかのように、卓のあちこちで話が弾みだす。

誰かが樽酒を持ち上げ、別の誰かが大皿の肉を奪い合う。

すぐに武勇談の応酬が始まった。


「この前の山狩りのときだ、見ろこの傷!」

腕をまくって誇らしげに見せる若い騎士に、隣の仲間がすかさず茶々を入れる。

「その傷は木の枝に突っ込んだときのだろう! 狼に噛まれたなんて盛るな!」


「ははは! じゃあ俺が一番笑える話をしてやる」

別の騎士が椅子を叩いて立ち上がった。

「俺は見回りの最中に野営地に戻ったら、間違えてテントじゃなくて水たまりに飛び込んだんだ!」


「おい、それは笑えん! 全身びしょ濡れで戻ってきて、火の番まで吹き飛ばしたろ!」

「そうそう、そのせいで夜通し凍えたんだ!」

場は爆笑の渦に包まれた。


シンシアまで肩を揺らしながらグラスを掲げる。

「ふふ、あんたたちがなんで氷狼なんて呼ばれるのか……馬鹿ばっかりじゃないか」


ライオネルは呆れたように頭を抱えながらも、結局口元が緩んでいた。

「全く……こいつらは緊張感があるのかないのか……」


アメリアは笑いの中にいて、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

国を守るため命を賭ける彼らが、こうして肩を並べて笑い合える。

それこそが、この場の何よりの力だと気づかされるのだった。


騎士団の笑い声が響く中、シンシアはワイン杯を置き、ふと身を乗り出し、アメリアの耳元で囁いた。


「……狼の群れに襲われたと聞いた。すまなかった」


アメリアは驚き、思わず顔を上げる。

彼女の横顔は、さっきまでの茶化すような笑みとは違い、どこか影を帯びていた。


「なぜ……あなたが謝るのですか?」


シンシアはしばし言葉を探すように目を伏せ、それから静かに続ける。

「たとえ今は違う道を歩んでいても、あの山に生きるのは私の家族でもある。

あいつらがあなたを襲ったのは……本当に、すまない」


笑い声のざわめきの中で、その言葉だけがアメリアの胸に深く響いた。

彼女は杯を握りしめながら、返す言葉を探す。


「……あなたのせいでは……いえ、それより、あの狼は私を狙ったのですか?」


狼が襲ってきた理由が自分だとは、思いもしなかった。


「え? 違うのか? だって……あいつはヴァルクの強さを知っている。

わざわざ騎士団に奇襲をかけるなんて、誰かから依頼があったに違いない……」


「あいつ?」


「山に残った仲間を率いているボスだよ。今は諸侯からの暗殺依頼で生活しているはずだ」


「――何を話している」


周りの騒がしさが壁代わりになっていたが、雰囲気に何かを察したのだろう。

逆隣にいたヴァルクが、不審そうな顔をしてこちらを見ていた。

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