26話 選ばれた道

「嘘でしょ……!」


アメリアは自分の目を疑った。

広げられた地図に記された新たな街道の経路――それはストーン城から南の山を越えて王都へ伸びていた。

あまりの衝撃に、周りの存在など頭からすっかり抜け落ちていた。


「あ、あの……殿下? 何が嘘なのでしょうか?」

ハロルドが恐る恐る問いかける。


「ハロルド! ねえ、このストーン城からはじまる道のはじまり……このルートはなにかの間違いよね? どうして、この山に道を作るの?」


ハロルドは胸ポケットから老眼鏡を取り出すと、地図を覗き込み、少し考えてから答えた。


「いえ、間違っておりません。王都までの道は最短かつ十分な道幅を確保できる経路で設計されました。この山を越えるのが、最も効率的なのです」


――そんな……!


アメリアの記憶にある金脈はノルディアの西に眠っていた。

過去、道は西の鉱山からはじまり、多くの採掘民が移住し、やがてそこは活気ある町へと発展した。

家族でノルディアへ逃げてきた時でさえ、まだ鉱山には多くの金が眠っていて、夫も採掘の仕事に就くことですぐに生活を安定させることができた。

忘れるはずがない。あの鉱山があって助かったのは、ヴァルクだけではない。

多くのロキアの民が、あの山から与えられた金で救われるのだ。


「ねえ、ハロルド! この経路はまだ変更できる?」


「変更ですか……それは厳しいかと。すでに伐採も始まっておりますし、資材も運び込まれています。おそらく数週間のうちに本格的な整備が始まるでしょう」


「……ヴァルク様に会いたいわ。今すぐに!」


***


修練場では、ヴァルクが騎士たちに剣の指導をしていた。


ヴァルクの姿を見つけると、アメリアは走り寄り、彼の腕にしっかりと掴んだ。


「ヴァルク様! あの道路の経路を変更してください! どうか――西の山を越えるべきです!」


突然の言葉に騎士たちがざわめく。

しかしヴァルクは冷静に問うた。


「……何を突然……それは、なぜだ?」


胸の奥で叫びたい。

あそこには金脈が眠っている。あなたにとっても命綱になるはずだ。

けれど前世の記憶を打ち明けるわけにはいかない。

アメリアは歯を食いしばり、必死に理屈を探した。


「あの……西の山は、誰がどう見ても鉱山ではありませんか?

あの山を起点に工事を始めれば、道を作るだけでなく鉱石も手に入れられます。一石二鳥とはこのことではありませんか?」


一瞬、騎士たちが顔を見合わせる。

だがヴァルクは首を振った。


「確かに、あの山に鉱物がある可能性は高い。だが、ノルディアには既に稼働している鉱山がある。採掘民の大半はそちらにかかりきりだ。

新たに鉱山を起点にするとなれば、道作りよりも採掘の人員を大量に集めねばならん。道と採掘を同時に進めれば、工期は倍以上かかるだろう」


声は静かだったが、決定を覆そうとする者を許さない冷厳さがあった。


「殿下の考えは理屈としては成り立つ。だが――今は最短で、確実に人を運ぶ道を作ることが最優先だ」


その一言で、騎士たちの間に漂っていたざわめきは消え去った。


アメリアは唇を噛み、俯いた。


「……わかりました」


小さく肩を落とし、修練場を後にする。

背中に突き刺さる騎士たちの視線。

胸の奥では「違うのに……!」という叫びが渦巻いていたが、それを口にすることはできなかった。


振り返れば、ヴァルクはすでに剣を構え直し、何事もなかったかのように指導を続けていた。

彼にとっては取るに足らぬ一幕に過ぎないのだろう。


だがアメリアにとっては――未来を左右する、大きな一歩を踏み外した気がしてならなかった。


とぼとぼと客室に戻ると、アメリアは大事に抱えてきた小袋を見つめた。

ローズに用意して貰ったコレは鉱山での工事が始まったら使うつもりだった――だが、残念ながら待っているだけでは出番はないだろう。


アメリアはそれを手に取り、窓の外に黒々とそびえ立つ西の鉱山を見据えた。


「……やっぱり、あの山に道を作らないと」


小袋を握りしめる手に、彼女の決意が固く宿る。

未来を変えるための一歩を、アメリアは踏み出そうとしていた。

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