第二部 廊下の道化

 トイレからあの子が出てきた。そのことに、今現在廊下にいる人間の中で誰よりも早く、ぼくは気がつく。

 あの子はハンカチで手を拭きながら、友人たちと楽しそうに笑いあっている。その声が聞こえたのか、ぼくの周りにいる男子たちがチラリとあの子の方を向く。そして、意味あり気なニヤニヤとした笑いをぼくに向けてくる。

 あの子が、友だちと連れ立ってこちらに歩いてくる。少しずつ、こちらに近づいてくる。

 あの子が近づくにつれ、外野の笑いはますます下品なものへとなっていく。

 ぼくは外野の気を引くため、テレビで流行りのお笑い芸人の一発ギャグのマネをする。大きな声で、おどけて、精一杯にバカバカしく。すると彼らがぼくを見て、ゲラゲラと声を出して笑う。

 あの子は、一歩ずつ、こちらに近づいてくる。

 ぼくはまるで、あの子の存在に気がついていないかのようなフリをして、ギャグを繰り返す。すると外野が更に大きな声で笑う。

 あの子との距離が近づくにつれ、ギャグをするぼくの声も大きくなり、彼らの声も大きくなる。その光景を見て、近くにいた女子たちもなぜか笑っている。

 とうとうあの子が、ぼくたちのすぐそばまで近づく。ぼくはつまらないギャグを腹の底から叫び、外野は顔を真っ赤にして笑う。

 止まらない汗を必死に手の甲で拭いながら、ぼくは横目でチラチラとあの子を見る。もうギャグも、外野の笑いもどうでもいい。見たい。見たい。あの子の顔が、見たい。それでも、あの子の顔だけはどうしても見えない。


 そして、あの子がついにぼくの横を通り過ぎた。

 その瞬間、ぼくはあの子の顔を覗き込む。

 あの子は無表情だった。

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