第二部 廊下の道化
トイレからあの子が出てきた。そのことに、今現在廊下にいる人間の中で誰よりも早く、ぼくは気がつく。
あの子はハンカチで手を拭きながら、友人たちと楽しそうに笑いあっている。その声が聞こえたのか、ぼくの周りにいる男子たちがチラリとあの子の方を向く。そして、意味あり気なニヤニヤとした笑いをぼくに向けてくる。
あの子が、友だちと連れ立ってこちらに歩いてくる。少しずつ、こちらに近づいてくる。
あの子が近づくにつれ、外野の笑いはますます下品なものへとなっていく。
ぼくは外野の気を引くため、テレビで流行りのお笑い芸人の一発ギャグのマネをする。大きな声で、おどけて、精一杯にバカバカしく。すると彼らがぼくを見て、ゲラゲラと声を出して笑う。
あの子は、一歩ずつ、こちらに近づいてくる。
ぼくはまるで、あの子の存在に気がついていないかのようなフリをして、ギャグを繰り返す。すると外野が更に大きな声で笑う。
あの子との距離が近づくにつれ、ギャグをするぼくの声も大きくなり、彼らの声も大きくなる。その光景を見て、近くにいた女子たちもなぜか笑っている。
とうとうあの子が、ぼくたちのすぐそばまで近づく。ぼくはつまらないギャグを腹の底から叫び、外野は顔を真っ赤にして笑う。
止まらない汗を必死に手の甲で拭いながら、ぼくは横目でチラチラとあの子を見る。もうギャグも、外野の笑いもどうでもいい。見たい。見たい。あの子の顔が、見たい。それでも、あの子の顔だけはどうしても見えない。
そして、あの子がついにぼくの横を通り過ぎた。
その瞬間、ぼくはあの子の顔を覗き込む。
あの子は無表情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます