〈呪縛〉三部作
寒川春泥
第一部 春はあけぼの
校長室の扉を閉めた瞬間、女の子の顔がほころぶ。そしてそのまま、スキップをしながらその場を離れていく。ぼくはそんな女の子の斜め後ろを静かに歩く。
職員室の前を通り過ぎ、渡り廊下を歩きながら、ぼくは女の子の揺れる後頭部を見つめている。女の子の真っ黒い髪の毛が、昼休みのやわらかな陽光を反射していた。
「まちがえなくて、よかったね」
唐突に話しかけられ、ぼくは「う、うん」と曖昧な返事しかできない。ほんの数分前、校長先生相手に堂々とした声で『枕草子』を暗唱したのがまるでウソかのような、頼りない声しか出なかった。
「練習、いっぱいしてたもんね」
女の子の声は、さっきと変わらない自信に満ち溢れたものだった。
「まさか、一発で合格できるなんて。夢みたいだよ」
女の子は尚も話し続ける。
ぼくは、数分前の校長室での光景を思い出す。やさしく、明るい声で『枕草子』を暗唱する女の子。その顔は、ほどよい緊張感で真っ赤だった。
「シール、なにもらった?」
女の子はまだまだ話し続ける。
ぼくは小さな声で返事をする。
ぼくの声が聞き取れなかったのか、女の子が振り返った。その顔が陽光の眩しさで微かに歪む。
ぼくの脳内に、女の子の声が、何度も繰り返される。
「春はあけぼのやうやう白くなりゆく山ぎわ少し明かりて……」
女の子の声が、女の子の顔が、ぼくを埋め尽くした。
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