異国の祝祭
蔵馬山は天狗の領域。神秘溢れる深い山を秋が彩っている。山の鮮やかな色合いと青空が互いを引き立て、美しさは息を呑む程。
信太郎達は現在、この場で世話になっていた。三つ子が生まれたばかりで忙しい毎日を、秋の風情が癒やしてくれる。
涼やかな風が吹くのどかな昼。三つ子も穏やかに昼寝中で夫婦は一息つく。健やかな寝顔を見る二人の表情は穏やかな幸せに満ちていた。
そこに不自然な音が届く。
出処を探せば、ヒルデが小刀で
「何をしている? 食べ物で遊ぶのは感心しないが……」
「あそび、じゃないよ!」
信太郎の疑問に振り向きもせず言い返す。真剣そのものな声音。玩具にしている訳ではないようだが、まるで分からない。
ヒルデは顔に手を当てて考え、辿々しく説明してくる。
「まつり。おばけから、まもる」
「ふむ。異国の儀式かの」
「ならば手伝おう。刃物は危ない」
永ともに納得して頷く。
ヒルデが時折教えてくれる異人の、あるいは異国の山姥の風習は興味深かった。日本の風習を教えるばかりではもったいない。
天狗は苦言を呈してくるが、なるべく受け入れたかった。
この蕪も大事なヒルデの思い出なのだろう。
ただ、信太郎が手を出そうとするが、ヒルデは首を横に振る。一人でやり切りたいようだ。
「達者な手つきじゃ。任せてみたらよかろ」
「だが……」
心配げに眉を下げる信太郎に対し、朗らかな永。
彼女はあくまで落ち着いた態度で諭してくる。
「ヒルデも山姥じゃ。刃物の扱いは親から学んでいるのじゃろう」
「……そう、だな。見守ろうか」
一生懸命な様子は確かに応援したくなる。手出しは我慢して後ろに控えた。
「できた!」
そわそわしながら待つことしばし。やがて完成したのか、ヒルデが笑顔で蕪を持ち上げた。
蕪の中身をくり抜き、表には顔が彫られている。それも恐ろしい表情だ。
信太郎は戸惑い、首を傾げる。
「……これ、は?」
「魔除けじゃろうな。化け物に化け物をあてがうのは何処も同じなんじゃのう」
「なるほど」
「うむ、立派なもんじゃ。ヒルデはすごいのう」
「そうだな、よくやり遂げた」
「うん、すごいの!」
永が優しく撫で、信太郎も続く。
ヒルデは蕪を三つ子の傍に置いた。魔除けならば確かに相応しい場所か。
姉として弟達を守りたいのか。胸を張る彼女は既に頼もしい。
買った蕪はまだある。信太郎は一つ手にとった。
「よし、おれも作ろう。ヒルデの手伝いではなく、おれも子供達の御守りを作りたいからな」
「ほ、ならばわしも作ろうかの」
「みんなで? うん、たくさんつくる!」
三人で並んでとりかかる。
蕪を削る音が静かな秋に鳴る。作業は慣れないが集中すれば次第に楽しくなってくる。信太郎は力強く、永は軽やかに、ヒルデは楽しそうに。
そうしてそれぞれに完成した、のだが。
「それは顔か? 三匹の蛇だろう」
「そちらはいたく滑稽な顔じゃの。鬼も笑い死にそうじゃ」
夫婦の彫った蕪は不格好。二人でみっともなく言い合う。ヒルデの方が随分と綺麗な出来だったので最下位争い。
それを絶ち切るように、あははははっ、とヒルデの笑い声が響く。
無邪気な明るさの前に夫婦も
その様子を見て、ヒルデはもじもじしながら言う。
「……もっと、ほかの、ほしい」
「うむ? まだ儀式に要るものがあるのじゃな。よしよし言うてみい」
ぱあっと顔を輝かせたヒルデ。
走っていってガサガサと探し取り出しのは、最初に着ていた異国の服だ。それに反物。素早く永が察する。
「ほう? 次は服を作りたいのかや」
「……ふく、ほしい」
「よしよし。縫い物ならばわしも負けぬぞ」
二人で並び道具を並べ、準備を手際良く進めていく。
信太郎も不慣れながら再び加わろうとした。
が、そこに寒気を感じ立ち止まる。
「
鞍馬天狗だ。猛禽の頭から敵意のこもった視線が投げられた。強大な神としての武威を放ってすらいる。
この山の主であり恩人であるが、意見は認める訳にいかなかった。
信太郎がすかさず
「天狗殿。どうかご容赦を。子らの健やかな成長は将来を守る事に繋がります」
「我らの祝いがあれば十分であろうが」
「そう仰らずに。勿論天狗様の祝いに不足は感じておりませんが、多過ぎて困る訳でもないでしょう」
母娘の邪魔をしないように、引き留め、この場から離れてもらう。あくまで畏敬の念を持ったまま、意見は引かなかった。
近くで見守れないのは残念だが、ヒルデの為になればそれで良い。
深まる秋の実りは人々の生きる力となり、蓄えられる。子供達の成長を祈って尽くし守る。
この忙しさが幸せを育むのだと信太郎は微笑むのだった。
人でなし夫婦道中記 番外編 右中桂示 @miginaka
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