第5話 競馬好きが競走馬に転生したら何ができるのか

 2023年10月9日 京都競馬場 2歳新馬戦 芝2000m

 

 

 新馬戦当日。晴天に見舞われ芝は良馬場。

 俺のデビュー戦は清々しい青空の元で行われることになった。


 今はパドックを周回している。

 パドックとは競走馬がレース前に歩いて体調や気配を確認できる場所で、観客はここで馬のコンディションを見極めて馬券の参考にしたりする。


(これがパドック側から見る景色か)


 電光掲示板の各種情報、老若男女入り乱れたザワザワした雰囲気、全てが懐かしい。


 俺は競馬場が好きだ。ここにいる間はワクワクして、嫌なことが全て消える。競馬は俺の最高のストレス発散方法だった。


(さて俺の人気は……9番人気ね、10頭中で)


 残念だ……と言うわけでもない。予想通りだから。俺が予想する立場でもグラニ産駒は買わない。この人気は俺からしても妥当だと思う。


(でもごめんなみんな、今日は俺が勝っちゃうんだ。大部分の方々は馬券を外して泣いてもらう。パドックで俺の気配を読めるやつだけが勝つことができる、あなたは読めるかな?なんてな〜)


 競馬はやはり人気どころが強い。1番人気と9番人気では1着になる頻度が笑えるほど違うのだ。

 だからって人気を買って当たっても配当が小さい。人気薄を狙って当たれば大きなリターンが来る。その倍率差は何倍、何十倍、何百倍、何千倍まであるのだ。


(俺の方はやる気十分。久しぶりの競馬場でテンション上げ上げだ)


 パドック周回にストップがかかる。すぐに騎手たちがそれぞれの乗る馬の元へ駆け寄る。


(だからこそ頼むぞ花咲騎手。しっかりと俺をゴールまで導いてくれよ)


 俺のところまでゆっくり近付いてくる花咲騎手。今日は自身の進退かけた大事なレースのはず。さぞかし気合いを入れて来たんだろうと思って花咲騎手の顔を見ると


「………………」


 ……へ?なんだか今にも泣き出しそうな顔をしてるんですけど?

oh……ヨソウガイデース……。

 

 ◇

 騎手の感情は馬に伝わると生前に聞いたことがある。嘘かほんとかわからなかったが真実だったのだと今身をもって体験した。


 (これヤバない?)


 花咲騎手が乗っている背中から、俺は強烈な負のオーラをヒシヒシと感じていた。


 (絶対なんかあっただろ……)


 具体的なところはもちろん何もわからないけどネガティブな出来事があったのは間違いない。そうでなければ進退をかけた勝負の前にこんな状態にならないだろう。


 (切り替えるんだ花咲騎手、とりあえず今はレースに集中するしかないだろ)


 本馬場入場しても花咲騎手は意気消沈していた。この状態で実力を発揮することなんて出来るのだろうか。


 (俺に出来ることなんてないぞ……。騎手の気持ちの問題を馬になんとかしろって言うのは普通に無理だ)


 結局信じることしかできない。スタートすれば仕事に徹してくれると。

 優暮調教師と作戦会議はしているはずだ。俺の能力を確認してポジショニングや仕掛けるポイントなど話し合っているはず。

 花咲騎手本人だって調教で俺に跨っているんだし、俺の走りをわかっているはずなんだ。


 (信じてるぞ。花咲騎手。俺を導いてくれよ)


 スタートゲートに入る。いよいよ俺のデビュー戦が始まる。勝負の前の緊張感が心地いい。続々とゲートに馬たちが入っていく。

 

 (さぁ勝負の時間だ)


 係員が離れてゲートが開く。

 各馬一斉にスタート。俺も出遅れることなく、むしろいいスタートを切った。

 切った……のだが……。

 

(スタート直後のポジション取りはしないのか?)


 花咲騎手からは何の指示もない。ただ背中に乗っているだけだ。


(もしかして俺の行く気に任せるってことか?)


 馬の行く気に任せて走らせると言うのは基本的には気難しい馬に使われる戦略だ。言うことを聞かせるのではなく気分よく走らせることでイライラさせ難くなる。


 (俺って気性が荒いって思われてるの?そんな時一回もなくない?)


 俺はどっちかと言うと真面目で言うことをよく聞くいい子ちゃんだ。普段からイライラしたところをあまり見せたことなどない。

 ちょっと俺のオーナーに物申したい時はイライラしてる時もあるが……。今日も俺のデビュー戦にきてくれてないらしいし。


 (とにかくある程度のポジションに付けよう。馬群の前目位置――先行のポジションに割って入るのはもう無理だし。せめて少しでも前に)


 俺は先行馬群の少し後ろに位置取った。って言うかスタート直後のポジション争いをしなかったんだからもうここしかつけられない。


 (おいおいちょっと待て、何だか動揺してない!?)


 背中から動揺が伝わってくる。

 …………もしかして前目のポジションとった方がいいとか言われてんじゃないの?スタートして10秒も経ってないのに動揺するってそれしか……。


 いや、俺の気のせいかもしれない。ここからだよきっと。俺はそう思っていた。


 そんな時に確かに聞こえたんだ。聞こえるはずのないの声が。


 ――ごめんなさい


 は?と言う間抜けな思考。一瞬理解不能になり頭が真っ白になる。

 

 (今の声はまさか花咲騎手か?そんなの聞こえるわけが……いや、間違いない。背中から伝わる負の感情がたった一つに集約され、今までになく強く感じられる。これは……<諦め>の感情だ。花咲騎手はこのレースを諦めたんだ)


 思い出すのは先日の記憶。馬に転生して初めて花咲騎手と再開した時のこと。


『競馬が大好き。でも私にはそれ以外のしがらみが辛すぎる。辞めたい気持ちと辞めたくない気持ちの両方が私の中にある。だから決めたの。ウマシンの新馬戦で負けたら引退にします』


 花咲騎手の言葉。俺が知る花咲騎手はデビュー当時から弾けるような笑顔が印象的な騎手だった。

 

 勝っても負けても一生懸命な姿は見ていて気持ちよかったし、競馬が大好きだという気持ちがこちらまで伝わってきた。

 俺も競馬大好きだ。まるで同士を見つけたかのような気持ち、それだけで応援したくなった。

 

 その花咲騎手が最後は負けて、しかもよりによって競馬を諦めて終わるのかよ……。

 

 でも正直言ってフォローできないほど今日の内容はプロとしてあり得ない。本人が諦めるならそれにとやかく言えるわけでもない。

 

『誰も騎乗依頼を受けてくれない中で、花咲騎手は自分から乗りたいと言ってくれた。こちらから正式にオファーを出すと、本当に嬉しそうに承諾してくれたんだ』


 厩務員の春日さんが教えてくれたこと。

 俺は不人気馬だ。将来性がないと思われているのは自分でも納得で、騎乗してもらえるとしたら暇な人、何とかベテランの誰かに乗ってもらえるとしたって渋々といったところだろう。

 そんな馬に自分から乗りたいと、そして喜んで乗ってくれたことはとても感謝してるんだよな。


 

 (俺のレースで花咲騎手が引退するのはなんか嫌だな)



 そう思った時、俺の心は決まった。


 (ここから挽回を狙ってみるか。俺だって勝ちたいし、諦める理由なんてない)


 心が決まると一気に冷静に、脳が生前の競馬予想好きに還る。


 (それなら見せてやる。競馬予想好きが競走馬になったら何が出来るかをな!!)

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