第4話 再会の花咲騎手
「ウマシン、君の新馬戦が決まったよ。10月9日の京都芝2000だ」
今日の調教が終わった後、優暮調教師が俺に話しかけてきた。この人は本当によく馬に話しかける人だ。
俺の新馬戦の決定。随分と時間がかかった印象だ。自慢じゃないけど俺は真面目だ。俺自身の仕上がり具合だけならもっと早くデビューしていておかしくない。
「残念ながら佐々木のやつは来れないそうだ。仕事が忙しいらしくてね。でも心配しなくていい。厩舎を上げて応援しているよ」
オーナーは来ない……か。薄々感じていたが、あのオーナーは俺のことなんて見ていない。なんで俺を買ったのか不思議なくらいだ。
「今日もお疲れ様。ゆっくりと休んでくれよ」
そう言って優暮調教師と厩務員は戻って行った。
新馬戦が決まったと聞いたらなんだか今から緊張してきたぞ。俺、大丈夫なんだろうか。
優暮調教師が大丈夫と思うからの出走だろう。俺は新馬戦を勝つ見込みがあるということか。
「そう言えば騎手って誰なんだ?」
まさか外国人騎手が乗ってくれたりしてな。
……そんなわけないか。俺は《グラニ》産駒だし、優暮厩舎だしな。多分新人騎手とかだろう。
「当日までのお楽しみかな」
新馬戦に想いを馳せていると誰かがこっちに来る。
厩務員さんかな?
「こんにちはウマシン君」
現れたのは花咲 華代騎手だった。
思い出されるのは俺が死んだ日。俺はこの人を庇って刺された。あれから随分と時間が経っているけど元気そうで良かった。
「君の新馬戦で騎手を務める花咲 華代です。よろしくお願いします。一緒に頑張ろう!」
丁寧なご挨拶。それはまたすごい巡り合わせだな。俺が助けたこの人が今度は俺を導いてくれるのか。
一緒に頑張ろうと言ってくれたのが何だか嬉しかったので俺は花咲騎手の期待に応えるように鼻先でそっと肩を押した。
「わぁ!君いい子だねぇ。ありがとう!私に最後のチャンスをくれる君には感謝してます」
最後のチャンス?どゆこと?
「今度の新馬戦で勝てなかったら、私引退しようと思ってるんです」
……え?そうなの?
「競馬以外の事で疲れちゃったんだ。もう私に騎乗依頼はほとんど来ないしね」
何やら色々あったのかな。
花咲騎手は生前の記憶だとまだ新人。初年度は32勝を挙げ、新人としてはいい成績だった。
ルックスも優れており、美人すぎる騎手なんて呼ばれて話題性抜群。むしろ引くて数多でおかしくないはずだ。
「競馬が大好き。でも私にはそれ以外のしがらみが辛すぎる。辞めたい気持ちと辞めたくない気持ちの両方が私の中にある。だから決めたの。ウマシンの新馬戦で負けたら引退にします」
それはまた……。これは相当追い詰められているんじゃないかな。
「辛気臭い顔してごめんね。あ、それでね――」
その後何故か花咲騎手はたくさん俺に話しかけて行った。どれも他愛ない話だったけど、彼女なりに俺と仲良くなろうとしているんじゃ無いかと思った。
「明日からは私もあなたの調教に参加するからね。それじゃあまた明日」
去っていく花咲騎手。その背中は生前に駅のホームでよく見た疲れたOLを彷彿とさせた。
それを見た俺はある種の確信に近い予感があった。
「あれは負けるな」
競馬のみならず全ての業種に言える事だが、活躍する人は目に力があり、覇気がある。
彼女にはそれがない。あれでは勝てるものも勝てない。引退をかけて自身を追い込んでいるようだけど逆効果だ。
勝算があって勝負をかけるから勝てるのであって、無理やりうまくいかない現状の区切りみたいに扱うのは違う。負けるだけだ。
『負けたら引退』なんて言ってちゃダメ。そこは『勝って続行』と言ったほうがいいと思う。それは同じ意味でも同じじゃない。前向きさが違うのだ。
「勝負レースに負けた後、惰性で賭け続けても負けが増えるだけ」
俺の競馬の鉄則のひとつだ。
前向きな気持ちになれなければ勝負するだけ無駄だ。
「あれ?それって俺も負けって事じゃない?」
花咲騎手が負けの波の中にいるなら俺も巻き添えかも?
「おおう……ジーザス」
まぁ俺だって勝負にギラついてるわけじゃない。人のこと言えないか。一応勝ちたいと思ってるんだけどな。でも右も左も分からない状態だからまずは無難にこなしてみようか。
「ウマシン、お疲れ様」
また誰か近づいてきたと思ったら今度は俺の担当厩務員の春日さんだ。
「新馬戦決まって良かったね。花咲騎手も君の様子を見にきてくれたし、きっと大切に乗ってもらえるよ」
この人は間違いなく話好きだ。競馬に関係ない話もよくしてくれる。いい話も少しダークな話もしてくれるので厩舎内外のニュースなどが知れてとても嬉しい。
「花咲騎手には感謝するんだよ。誰も騎乗依頼を受けてくれない中で、自分から乗りたいと言ってくれた。こちらから正式にオファーを出すと、本当に嬉しそうに承諾してくれたんだ」
そうだったのか。それは確かに感謝しないとな。でも俺騎手が見つからないほど不人気なのか……凹む。
「君には是非頑張ってほしいな。優暮さんもこのままだと勇退なんてことになるかもしれないしね」
あ、やっぱりそんな話が上がってるのか。俺が人間の時すでに成績がヤバいよヤバいよしてたからな。管理している馬の頭数も10を切ってるって聞いたし、再起が難しい段階にきているだろう。
「僕はね、優暮さんに拾われてここで働いてるんだ。前の厩舎では失敗続きでね、いつも怒られてた。馬への熱意はあったけど空回りしててさ、先輩からハッキリ迷惑だと言われて一度は心が折れたんだよ」
ああ、そういうのあるよね。生前勤めてた会社でもやる気はあるけど何事も不器用な人いたよ。
でもそういう人ほど化ける。だからこそ先輩の立場で後輩に迷惑だなんて言うのは御法度だ。
上の立場から若い芽を摘んでどうするんだよ違うだろ育てろよって話よ。
「すごく心がしんどくてさ、厩舎を辞めようと決意した日にトボトボ歩いてたら優暮さんが声かけてくれて、まだやる気があるなら来いって言ってくれたんだ。僕のことを見ててくれたんだよ」
あ、それわかる。優暮調教師は周りをよく見てるよね。
「まぁこの厩舎にきた後は3倍怒られたんだけどね……。でもあの人の怒り方は熱いんだよ。こなくそ!って思わせてくれる」
優暮調教師は昔は熱血系だった。今でこそニコニコして温和な印象だけど言いたいことはハッキリ言うタイプだったんだよな。昔のインタビューとか見てこの人ガハハ親父だなって思ってたんだよ。
「引退してほしくないなぁ」
昔は熱血だったのに今は温和。その理由は馬主との確執にある。要は懇意にしてもらっていた馬主と大喧嘩したのだ。育成方針で揉めて。
「あんな競馬を大事に生きがいにしてる人他にいないよ。まだまだあの人には名馬を作り出す力があるんだよ」
馬主が離れていけば自分と関係のある人たちにも迷惑がかかる。だから無理やり性格を矯正した。馬主と喧嘩せず、折り合いをつけ、その中で頑張るやり方にシフトした。その結果が成績不振だ。
要は自分を曲げたのだ。それが悪いとは言わないが、悪い結果を招くことだってある。
「ははは、俺はウマシン相手に何言ってるんだろうな。なんだか花咲騎手に優暮さんが重なって見えたからかな」
ああもう、俺は生前からこう言うのダメなんだよなぁ。なんとかしてやりたくなってしまうんだ。
「新馬戦、応援してるぞ!」
無難はやめだ。右も左も分からないなら中央突破してやる。絶対勝ったるわい。
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