第4話 トイレの花子さんとじゃんけん勝負

神原美羽部長の指示が飛んだ瞬間、部室の空気が一変した。まるでビデオの早送りボタンを押されたかのように、動きが加速する。


白石千夏はどこからともなくA4サイズのハードカバーのファイルを取り出し、パラパラとページをめくりながら、落ち着いた口調で報告を始めた。「トイレの花子、ルール型の地縛霊。主なトリガー条件:特定の階の女子トイレに一人で入り、特定の個室(通常三番目)のドアをノックして名前を呼ぶ。対処法:一、噂のトイレに一人で入らないこと。二、誤ってトリガーしてしまった場合、必ず『じゃんけん』の要求を受け入れること。三、じゃんけんに勝てば一時的に退散するが、記録によると、三本勝負や五本勝負などの追加要求を高確率で行う。四、じゃんけんが終わる前に逃げたり拒否したりすると、即死級の報いがある。必須アイテム:特定の弱点となる物品はなし。会話内容を分析するため、録音機器の携帯を推奨」


一方、鈴木淳之介はスクリーンに食い入るようにして、指をキーボード上で疾走させている。「エネルギー波動、安定しています…旧館一階西側の女子トイレ! 強度レベルB+、ゆるやかに上昇中! た、確かにルール発動モードです!」


「B+?! 佐藤亮太の顔が一瞬で青ざめ、声には泣き声が混じった。「前、前に遭遇した時はC級だったじゃないですか! なんで強度が上がってるんですか?!」


「余計なことは言わないで!」神原美羽はすでに重たそうなリュックを背負い、動作は機敏だ。「亮太、看板を立てて! 千夏、ルールを記録。淳之介、エネルギー変化をリアルタイムで監視、何かあればすぐに無線で報告! 千早――」彼女は私を見て、小さなポータブル無線機を手に押し込んだ。「私について来て、静かに、よく見て学んで。指示があるまで勝手に動かない! 覚えておいて、これはゲームじゃない、やり直しはきかないから!」


「了解!」無線機と鏡を握りしめ、手のひらに汗を感じたが、それ以上に抑えきれない興奮が込み上げてくる。アドレナリンが爆発している、この感覚は…まるで未体験の最高難度のホラーゲームに挑むようだ!


我々は素早く、そして静かに部室を飛び出し、旧校舎の薄暗い廊下を西側の一階へと駆け下りた。周囲の空気も異常を感じ取っているのか、埃っぽい匂いの中に、かすかな消毒液の臭いが混じり、それに…言いようのない、冷たい圧迫感が漂っている。


佐藤亮太は怖くてたまらない様子だったが、一番速く一階の女子トイレの前まで駆け寄り、震える手で「清掃中」の看板を何とか立て、入口を塞いだ。そうすると、すぐに驚いたウサギのように我々の後ろに飛び退き、壁にでも潜り込みたいほどだった。


神原美羽は深く息を吸い、静かにトイレのドアを押し開けた。


キイイイ――


古びたヒンジが軋む。トイレ内は廊下よりもさらに薄暗く、高い窓から差し込む青白い光が、空中にゆっくりと浮遊する微粒子を照らしていた。洗面台の蛇口が閉めきられていないらしく、「ポタ…ポタ…」と規則的で明確な水音が、この静寂の中でことさら耳につく。


一列に並んだ古い木製の個室ドアは閉まっており、三番目のドアは特に傷んで見え、ドアの表面には不可解な引っかき傷さえあった。


細部がはっきりし始めた:空中の消毒液の臭いが強まり、それに微かな鉄錆の臭いと…何か古びた紙のカビ臭さが混じっている。温度も廊下より数度低いようで、露出した腕に鳥肌が立った。


神原美羽は合図を送り、我々を入口付近で止まらせた。彼女はリュックから変形したレコーダーを取り出し、録音ボタンを押すと、息を潜めて注意深く耳を傾けた。


私も彼女の真似をして、耳を澄ませる。


蛇口の水音以外に、何か別の音がするようだ…


とても微かで、抑えつけられた、断続的な啜り泣きのような?


音の源は、まさしくあの三番目の個室だった!


私は内心でギュッと緊張した。来た!


神原美羽は表情を硬くし、無線機に向かって低い声で言った。「淳之介、状況を報告して」


無線機から鈴木淳之介の緊張した声が返ってくる。「エネルギーピーク…B+で安定! 波動周波数は既知の『花子』パターンとの一致率92%! 部長、き、気を付けて!」


その時――


「コン…コンコン…」


三番目の個室のドアが、内側から軽くも重くもない力で叩かれた。


啜り泣きはぱたりと止んだ。


幼く、しかし言いようのない虚ろさと冷たさを帯びた女児の声が、ドアの隙間から幽かに漂ってきた。


「外に…誰かいる?…遊ぼうよ…私と…」


佐藤亮太は咄嗟に自分の口を押さえ、声を上げずに済んだが、全身が秋風に揺れる木の葉のように震えていた。


神原美羽は深く息を吸い、一歩前に出ると、できるだけ平静な口調で個室のドアに向かって言った。「花子、あなた? 他の遊びはいい、ルール通り、じゃんけんをしよう」


ドアの中の声は一瞬沈黙し、その後、ふわふわとした、背筋が凍るような笑い声を発した。「くっくっ…いいよ…じゃんけん…私に勝ったら、帰してあげる…負けたら…永遠にここに私と一緒にいてね…」


「わかった」神原美羽は躊躇なく答え、こっそりと白石千夏に合図を送った。千夏はすぐにノートとペンを取り出し、記録の準備を始める。


「それじゃ…始めよ…」ドアの中の声が言った。


神原美羽は拳を握り、ドアの前に掲げた。


個室ドアの下の隙間から、ゆっくりと、非常にゆっくりと、小さな手が伸びてきた。その手は血の気が一切なく蒼白で、爪は少し長く、指先は青灰色を帯びている。同じく拳を握りしめていた。


「最初はグー! じゃんけん…ぽん!」


神原美羽はパーを出した。


小さな手はチョキを出した。


「くっくっ…私の勝ちね…」ドアの中の声は不気味な笑い声を響かせた。


神原美羽は顔色も変えず。「三本勝負?」


「いいよ…二本目…」小さな手は引っ込み、再び差し出された。


「最初はグー! じゃんけん…ぽん!」


今度は神原美羽がグーを出した。


小さな手はパーを出した。


「また私の勝ちね…」ドアの中の笑い声はより明確になり、悪意に満ちた楽しげな響きを帯びていた。「あなたは…私と一緒にここに残ってもらうよ…」


トイレの明かりが一瞬揺らめいたように感じられ、温度が急降下した! 三番目の個室のドアが微かに震え始め、何かが今にも出てきたそうにしている!


その危機一髪の瞬間、神原美羽は叫んだ。「待って! 五本勝負! これはルールで認められた追加要求だ!」


ドアの中の笑い声は一瞬止み、不満そうだったが、それでも承諾した。「…いいよ…じゃあ五本勝負…ただし、これが最後だよ…」


三本目、神原美羽はチョキを出し、相手はパーを出した。勝った!


「一本取り返した!」白石千夏が低声で記録する。


四本目開始。神原美羽はグーを出し、相手はチョキを出した。また勝った!


「二対二の同点!」佐藤亮太の声にわずかな希望が宿る。


ドアの中からは苛立った呟き声が聞こえた。


最終決戦! 神原美羽は深く息を吸い、彼女の指が微かに震えているのを見た。その時、私は相手のこれまでの出した手の順番に気づいた:チョキ→パー→パー→チョキ…これは繰り返しのパターンかもしれない!


「部長!」思わず声を潜めて急いで伝えた。「次はパーを出すかもしれません! チョキを出してください!」


神原美羽は振り返って私を一瞥し、眼中にかすかな驚きが走った。最後の勝負が始まろうとしている!


「最初はグー! じゃんけん…ぽん!」


神原美羽は歯を食いしばり、チョキを出した!


その蒼白い小さな手は――果たしてパーを出した!


「勝った! 五本勝負で三勝! 我々の勝ちだ!」神原美羽は安堵の息を漏らしながら、声を張り上げて宣言した。


「うっ…」個室の中から、怨念と失望に満ちた泣き声がはっきりと聞こえた。蒼白い小さな手はさっと引っ込んだ。


個室ドアの震動は止まり、冷たい圧迫感は潮が引くように急速に後退した。蛇口の水音も正常に戻ったようだ。


無線機から鈴木淳之介の興奮した声が響く。「エネルギー波動急降下! D級まで落ちた! トリガールール解除! 成功しました!」


「成、成功した?」佐藤亮太はその場にへたり込み、まるでマラソンを走り終えたかのように激しく息をした。


神原美羽は長く息を吐き、額の汗を拭った。彼女は振り返り、複雑な眼差しで私を見た。驚き、称賛、そして一抹の探るような色が混じっている。「千早…さっきのは…」


私はにやりと笑い、少し得意げに頬を掻いた。「えっと…ただの勘です。ゲームみたいに、ボスの攻撃にはたまに固定パターンがあるじゃないですか、それで賭けてみようって…」


「賭けたのか…」神原美羽は繰り返し、眼神が危険なものに変わる。「万一間違っていたらどうなるか分かっているの?」


「うっ…」私は即座に言葉に詰まった。


しかし彼女はその後笑い出し、首を振った。「でも…見事だ、新人君。君のゲーム経験は、思っていた以上に役に立つようだな」彼女は歩み寄り、私の肩をポンと叩いた。「直感、観察力、それに危機的状況での度胸…無鉄砲だが、確かに生き残るために必要な素質だ」


褒められて少し照れくさくなったが、内心は嬉しかった。


「記、記録完了しました」白石千夏がノートを閉じる。「花子のじゃんけん行動パターンに新たな観測データ追加:固定の出し手順の循環の可能性あり、さらなる検証が必要」


鈴木淳之介の声も無線機から聞こえる。「デ、データ保存完了。部長、エネルギー残留は消散し始め、危険は解除されました」


我々は互いを見交わし、皆の瞳に安堵と恐怖の残影を見た。


神原美羽はレコーダーをしまい、再び表情を引き締めた。「事件解決、だが原因不明。低レベル伝承異常の活性化、それに強度上昇…良い兆候じゃない。淳之介、戻ったら全力で今回のデータを分析し、エネルギー発生源の手がかりを探って!」


「は、はい!」


我々は道具をまとめ、まだ淡い寒気を放つ区域を素早く後にした。


帰路、佐藤亮太はやっと落ち着きを取り戻し、再び白石千夏の周りで喋りまくり、恐怖と感謝を延々と訴えていた。千夏は無表情で時折頷くだけだったが。


私は先ほどの息詰まるじゃんけんを反芻していた。現実版の超常現象事件は、ゲームよりも刺激的で、より予測不能だが、それでも…より達成感があった!


私の『超常現象呼び寄せ体質』は、もしかしたら悩みだけをもたらすわけじゃない。少なくとも、これらの面白い仲間と出会い、この奇妙でしかし非常に現実的な『裏世界』に足を踏み入れるきっかけとなった。


そして、部長の私を見る眼差しに、ほんの少しだが真の認めが加わったのを感じ取れた。


もしかすると、私はこのホラーゲームオタクとして、この超常現象部で、唯一無二の『速攻』方法を見つけ出せるかもしれない。


漠然とした不安を感じつつも、それ以上に強烈な好奇心と挑戦意欲が沸き上がってきた。

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