第1章 花媛(はなぞの) 第1話 梓(あずさ)

時は現代。

ある若き研究者の机の上に、一冊の古びた手記が置かれていた。

紙は黄ばみ、端は崩れ落ちるほどにボロボロ。それでも、その筆跡には確かな力が宿っていた。


「……これが、私の遠い先祖の手記」


研究者の胸は、不思議な高鳴りで満たされていた。

それは、数百年を超えてなお残された、ある一人の女性の生きた証――人生伝であった。

母はそっと、古びた包みを差し出した。

「美奈?これ、あげるわ。おばあちゃんの遺品を整理していたら出てきたの」


手に取った瞬間、美奈は思わず息を呑んだ。

革の表紙はひび割れ、ページは今にも崩れそうなほど色褪せている。けれど、不思議と温もりを感じさせる。


「……これ、本?手記? 日記みたいなものなのかな?」


母は肩をすくめて笑った。

「さぁね。お母さんにもよくわからないの。ただ、おばあちゃんからは “大事な先祖の生きた証” って聞かされてたわ。おばあちゃんの七代前のご先祖が、天川遊郭っていう場所の花魁だったらしいけどね……」


「……そうなんだ!じゃあ私、調べてみる!お母さん、ありがとう!」


こうして、美奈の家系調査の旅が始まった――。


美奈は、母から渡された古びた手記を胸に抱え、地元の歴史館を訪れた。

展示室の片隅には「天川遊郭」の特集コーナーがあり、古い絵図や花魁の姿を描いた浮世絵が並んでいる。


「ここが……天川遊郭……」


そして、展示解説を美奈が見たときにはこう記されていた。


「天川遊郭――明影の乱が収まって少したった頃、この地に築かれた大規模な遊郭。

その中核をなしたのは『三武屋』と『山田屋』という二大楼であり、互いに競い合いながらも芸と情を磨き、独自の文化を形成した。

遊女たちは単なる客の相手にとどまらず、舞や唄、文学や書をも修め、人々にとって憧れの存在であったという。」


「……三武屋と山田屋……やっぱりお母さんの言ってた通りだ」


美奈は展示品の前に立ち尽くしながら、胸の奥で何かが繋がり始めるのを感じた。

手記の中に記されているのは、きっとこの遊郭を生きた誰かの声。

その声を聞かなければならない――そう直感していた。


その展示物の隣にはパネル板でこのような内容が記されていた。



―――――――――――――――――――――――――――――

明影の乱、天川遊郭の起点 2人の乙女の姉妹より作られた攻めと

情けと愛の楽園。

芸を極め文を修め愛を深ぼる

ここは易い所あらずしておさめるべきものあらんことを。

――――――――――――――――――――――――――――――


これは両店の初代花魁2人の手記の最後に書いてある言葉であった。


そして、


その隣のパネルには三武屋・山田屋両店の歴代花魁達の名が記されていた。


――――――――――――――――――――――――

三武屋の歴代花魁


初代 和桜(わおう)

   |

2代 恵尚(けいしょう)

   |

3代 菊凰(きおう)

   |

4代 義旭(ぎさひ)

   |

5代 華麗(かれん)

   |

6代 乃花 (のばな)

   |

7代 義屋(よしや)

   |

8代 愛辰(あみり)※陽奈

   |

9代 時羽(ときわ)

   |

10代 元宿(きすき)

   |

   |

   |

21代 天明(てみり)※三武屋最後の花魁

――――――――――――――――――———


―――――――――――――――――――――

山田屋歴代花魁


初代 和藤(わとう)

   |

2代 尚庭(しょてい)

   |

3代 米刀(よねと)

   |

4代 友利(ともり)

   |

5代 月明(けめる)

   |

6代 想心(そうしん)

   |

7代 小玉(こたま)

   |

8代 忠真(てるむ)※友蘭

   |

9代 箔叶(はくと)

   |

10代 白叉(びゃくしゃ)

   |

   |

   |

21代 後光(こうり)※山田屋最後の花魁

―――――――――――――――――――――――――――――


こう記されてあったのだ。

その瞬間、美奈は稲妻が走ったように衝撃を受けて急いで自らの研究所へ戻り母からもらった手記を読み始めた。

一体その中身は――――――――


 FIN

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露袖~とある禿の少女の物語~ 毛 盛劉 @tiyokfe

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