第2話 不可解な長所



............ギィィ______



 重くきしんだ音を立てながら扉が開き、正午の高い陽の光が入口の空間に差し込む。その光に気づき、昼間から酒を飲んで騒いでいた冒険者のうちの何人かがそちらのほうに顔を向ける。



「あのー、冒険者登録がしたいんですけど......ここがギルドであってますよねー?」



 そんな一々確認しなくてもわかるであろうことを言いながら扉を開けた人物は、小さい.....いや、幼いといったほうがいいかもしれないような少女だった。



 金髪で金眼に整った顔立ち、それだけならどこかのお貴族様のような女の子。一応黒い使い古されたローブをまとっているのでそういったわけではないのかもしれないが、とても冒険者になれるような人物には見えなかった.......が、しかし、一応これは「私」の仕事だ。感じたことを一度すべてのみこんでから笑顔を作る。



「こんにちは!ようこそ、ギルド『リンクス』へ!冒険者登録ですね、こちらへどうぞー!」



 そう大きな声で呼びかけながら手を挙げて呼ぶ。そうすると彼女は目線をこちらに向け、何かうんうんと頷くとこちらのほうにトコトコと歩いてきた。なんというか...かわいらしい。



「初めまして、私は受付嬢をさせてもらっています、モナと申します」



「初めましてーメイです。よろしくお願いします」



 ぺこりと頭を下げるメイ。どこかふわっとした雰囲気をした子だ。成人したから登録に来た...という感じでもなさそうだが頼もしそうにも見えない。



 ここ、『リンクス』のある帝都では15歳を成人とし、それを過ぎると冒険者登録ができるようになる。冒険者の仕事はリスクが高い分報酬も大きいため少なからず人気ある職業だ。そのため、成人してすぐに登録して経験を重ね、大成しようと考えた子たちが登録に来るのは珍しいことじゃない.....が、メイの装備を見るになんとなくずぶの素人という感じには見えないのだ.



「えっと...ではこの用紙に名前と役割、武器、長所などを書いてください。もし読み書きができない場合はおっしゃっていただければ私が代筆しますよ」



「あ、自分で書けるので大丈夫です.....えっと、この年齢と出身地は絶対書かないとダメ、ですかね?」



「登録時は出身地は任意で構いません。ランクが上がれば必要にもなってきますが....それと年齢は成人の証があれば問題ないですよ」



「そうなんですね、よかったですー」



 そう言って成人式の時に受け取る成人証を見せる彼女。出身地はともかく年齢を書き渋る人は初めて見た。しかし、なんだろう.....書かなきゃいけないのかと聞いてきた割に....なんというか、不安がっていなかったような。



「かけましたー」



「__!あ、はい!拝見しますね」



 えーっと...名前はメイ....役割はスカウト....武器は...銃?珍しいなぁ....それで長所は____??



「あ、あのー、メイさん?この長所の所なんですけど.......」



「はい?何か変でしたか?」



「いや、その......『運がいい』って、なんですか?」



 一瞬後、ギルドのロビーにいた冒険者たちが大声で笑い始めた。メイはきょとんした顔で周りを見ている。いや、その顔をしたいのはこっちなんだけど?



 と、そこに先ほどまで大笑いしていた冒険者の一人が大弓を背負って近づいてきた。



「よぉ、嬢ちゃんおもしれぇな?運がいいと何ができんだ?打った弾が偶然敵の急所にでもあたってくれんのか?」



「.....さぁ?」



 彼のほうに顔だけ向けてそう返すメイに、彼の眉がピクリと跳ねる。お願いだから揉め事とかやめてよねー.....



「さぁって....あのなぁ。嬢ちゃん、俺たち遠距離職は近接職と違って鍛えなきゃいけない技量の量がとんでもないんだ。ゴブリン一匹にしたって弓一本で倒すのにどれだけの技術が必要だと思う?」



「私は銃なのでわかりません」



 そっけなく返すメイに舌打ちが返る。



「チッ........冒険者稼業舐めるのも大概にしろよ?こっちは嫌がらせで言ってるんじゃない、お前を心配して言ってるんだ。たとえ銃の腕がよかろうと的あてと実戦じゃあわけが違う。なのに長所に銃撃じゃなく、幸運なんて書き込むやつがこの仕事で生き残っていけるわけないだろうが」



 そう言って怒る彼はリッケス、Bランクの冒険者だ。強面の狩人だが、意外と優しいところがあり、ギルドの新人講習の教師役をしばしば買って出ることもある。きっと心配からという言葉も本当なのだろう。だが。



「リッケスさん、お気持ちはわかりますが登録自体は個人の自由なので止めるのはちょっと......」



「黙れモナ。最初はうまくいくかもしれないが低ランクの依頼をこなして少しでもランクが上がってみろ、こういう輩は簡単に死ぬ。ここで止めたほうがこいつのためだ」



 一理あるどころかド正論だ。正直薬草採取などの依頼だけでも数をこなせばランクが上がってしまう。それで討伐依頼に出てみたら.......なんて話は後を絶たない。しかし今の受付嬢はそれを止める権利はない。送り出すしかなく、帰ってこれるように祈るしかないのだ。



「えっとー、リッケスさん?もしかして、それは私が実戦に出たら死ぬっていってるってこと?」



「もしかしなくてもそうだ。俺はお前みたいなのをたくさん見てきた。最初は意気込んで出ていくが実際に命を懸けたやり取りになると、怖気づいてまともに構えることすらできなくなって殺される、そんなやつらをな」



「ふーん.....じゃあさ、私が実戦でも怖気づかないようなメンタルならいいってこと?リッケスさん?」



「あ?.....まぁお前の射撃の腕を見てないからまだ何とも言えないが、まぁ端的に言うとそうだ。心が弱い奴は死ぬ」



「そっかー」



 なぜか、うんうんと嬉しそうに頷くメイ。それを見て不審そうな顔をするリッケス。なんだろう、あんまりいい予感がしない。



「じゃあさ、リッケスさん。私と度胸比べしようよ」



 そう言って笑うメイはとてもかわいらしいのに.....何か妙な違和感を感じた。そして、私がその違和感について考える前に、隣にいた私がギリギリ聞こえるか聞こえないかの声で、つぶやいた。



「やっぱり私はツイてるねー」

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