帝都最強はツイている!~ツイてるだけじゃダメですか?~

@finerain

第一話 不可解という名前

____バァアン!!!!



 大きな音を立てて目の前の重い鉄の扉が勢いよく開かれた



「うわあああぁぁ!!!」



 そして悲鳴を上げながら筋骨隆々な男が飛び出してきた.......これで一体何人目だというのだろうか、情けない。そんなことを思いながら雲一つない晴天を見上げながらため息をつく。



 私が今いる場所はこの帝都において最強と謡われるクラン「振られたセレンディピティ」、別名「サイコロ」のクランハウスの前だ。今日は「サイコロ」設立以来初めての限定一名だがクランメンバーの募集が行われている。普通はクランといえば、いくつものパーティーが集まって形成されたギルドや帝国から直々に受けた依頼に対して動くような大規模な組織を表す言葉だ。しかし、「サイコロ」には1パーティーより少し多い程度の人数しかいない。だとというのに帝都の中で最も活躍しているクランなのだ。所属するだけで最大級の名誉を手にすることができるその募集に、我こそはと集まった猛者たちが挑むこと数時間がたっているのだが_____



バタン!ウワアアアア!!!



 こんな調子で誰一人として合格しないどころか会場から逃げ出してしまう始末なのだ。どれも一度はギルドで見たことがあるような猛者たちばかりなのだが、それが逃げ出すことになっているとは.....



「......次」



 薄暗い会場の中から次の志願者を呼ぶ声がする。限定一名ということもあり、ほかの連中は我先にと入ろうとしたが私は違う。武器の点検や準備運動をしっかりとこなして体を温めていたのだ。



「________よしっ」



 軽く深呼吸して気合を入れて歩を進める。周りにいた連中と同じように私だってそれなりに顔が知れている。ここまで来るのに何年もかかったが、「サイコロ」のリーダーであるメイという人物はたったの2年足らずで帝都最強の名を手に入れ、クランを作り、そのクランまでも帝都で最も優秀なクランにしてしまった。彼女の戦闘を見たものは少ないが誰もがこの世のものとは思えなかったと語る。そこからついた二つ名は「不可解マーシャル」。わかっていることといえば、まぁ、銃を得物としていることくらいだ。



「こんにちは、あなたの名前は?」



「......シズク」



 そんな底の見えない最強が今、目の前にいる。ローブ羽織っているから具体的な体格はわからないが、そこからのぞく手は華奢で、身長もかなり小柄だ。これが帝都最強と言われると何とも二つ名通りだな、と感じてしまう。



「試験は実戦形式で、クランマスターである彼女に一撃入れることが採用条件です」



 そう声をかけてきたのは、メイのそのすぐ横に立っている犬のような耳の生えた女。メイの右腕とも呼ばれている「サイコロ」のNO2、レインだ。今日だけで数えきれない回数その決まり文句を口にしたのだろう、だいぶ発音が機械的になってきている。その言葉に対して了承の意を示すために軽くうなずく。



「それでは、始め!」



 特に前置きもなく発せられたその合図に、即座に反応して素早く構えをとる。私の得物は片刃で背の反った剣、いわゆる刀だ。私の出身地である極東の国に伝わる由緒正しい刀であり、その扱い方の一つである「居合」が私の武器だ。



 最強に一撃入れるため、瞬時に集中して鍔に指をかけた瞬間、黒く小さい穴が視界に映る。それがメイの得物であるリボルバーの銃口であると認識するよりも前に、反射で体を傾けて射線から逃れる。これで1発目にあたることはない。そして2発目は撃たせない____



「クシュンッ!」




「____へ?」



 直後、乾いた破裂音が響く。同時に横腹から熱い痛みと衝撃が広がる。訓練用の弾なのだろうか、出血はしないが強い衝撃に息が詰まって膝をつく。カランカランと音を立てて彼女の銃から薬莢がころがる。



「あー...レイン?ちゃんと昨日のうちに掃除したんだよね?受験者が来るたびにホコリが舞ってる気がするんだけど?」



「昨日の時点では塵一つないくらいきれいにしたはずなのですが......受験者どもがまともに装備を整備もしてない状態でずかずかと上がり込むものですから。それが原因ではないでしょうか?......今回のは多少マシなようですが」



 そう言ってこちらを流し目で見る。



「はいはい、どもって言い方はやめようねー」




 そんなのんきな会話が目の前で繰り広げられる中、私は動揺を隠せなかった。偶然?構えて、射線から体を逃がして、2射目を撃たせまいと踏み込んだ瞬間、くしゃみが出て射線がぶれた?そんな都合のいいことがあるか?そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。........しかし、頭を振り一度その疑念を振り払う。彼女が会話で注意がそれているのを利用するために極限まで気配を消して今度こそ、研ぎ澄ませた一撃を放つ____



「大体さぁ____」



 しかし、そのひと振りもまた、当たることがなかった。レインに向かって子供に対して叱るように上半身をかがめて左手の人差し指を立てるメイ、そしてその頭上を通り過ぎる刀。またしても、偶然にも一撃することが叶わなかったのだ。



「......ん?あぁ、ごめんごめん、試験中だったね」



 何でもないことのように、「避けていたわけなんかじゃありませんよ」というかのように、こちらに向き直るメイ。手にうまく力が入らない。彼女は無防備にそこに立っているだけだというのに、刃が当たる気がしない。子猫の手のひらで転がされるような、奇妙な感覚。



 そんな私を見て、なにがおかしいのかクスッと笑うと抱擁を求めるかのように両腕を広げた。



「じゃあ私はこうしてるから、切っていいよ」



「「は?」」



 レインも予想外だったらしく、同時に声を上げてしまう。しかしそんなことはどこ吹く風で、せかすように広げた腕を「ほらほらー」と振っている。



「......後悔しても知りませんよ」



「いいよー」



 軽く返してくるメイ。それに応えて覚悟を決めて3度目、構えをとる。相手が待ってくれるというのだから今までで一番、丁寧に、時間をかけて集中する。殺気も隠さずに研ぎ澄ませて放ち、ゆっくりと柄に手をかける。そして、浅く息を吸い込み.....



_____シッ



 細く息を吐きだして刀を抜いた勢いそのまま刀を振りぬこうとした時、



ガッ!!



 何かに躓いてしまい、姿勢が崩れ、転びそうになる。転ぶ直前に躓いたものが目に入る.......それは一発目に撃った時に出た薬莢だった。それに気づくと同時に腕に何か感触が走る。



___ズザ____ドサッ



 そんな音と同時に誰かが息をのむ気配を感じる。何度もこの手で感じた感触。そっと前のほうに目を向けると____







_______左腕が切り落とされたメイと、切り落とされてぐったりとした彼女の左腕が彼女のすぐ足元に落ちていた。



「メイ様?????どういうことですか!う、腕が.....!!!」



「落ち着てよレイン。見た目ほど痛くないんだからさー」



 そう言いながら、まるで落とした硬貨を拾うかのように腕を拾い上げる彼女。その顔は腕が切り落とされた喪失感も痛みによる恐怖も何もなく、ただ平然とさっきまでと変わらない表情のままだった。



「失った4肢を再生させる薬なんてないんですよ?!今どういう状況かわかってるんですか?!」



 狼狽するレインに対してなんてことないように返すメイ。



「わかってるよー失った四肢は治せないかもしれないけど、私は別に何も失ってないよ?ホラ」



 そう言って腕の切れた部分をグチュッというような音を立ててくっつけると、切れてなどいなかったかのように指を動かして見せた。



「な......んで...?」



 思わず疑問が口から出る。レインも完全に動揺しきってしまっている。



「難しい話じゃないよ、剣筋が真っすぐで断面がきれいだからすぐにくっつけたら元通りになっただけだよ。君強いんだね、さいようー」



 そう言われて採用条件を思い出す。「彼女に一撃入れること」.....こんな終わり方でいいのだろうか?



「いいんだよー。明日からよろしくねー」



 こちらの心を読んだかのように返すメイ。今目の前で起きた事象と、何事もないかのような彼女の態度と、明日から「サイコロ」の一員だという事実に混乱した私は、状況がまだ整理しきれていないままメイと騒ぎ立てるレインを残してクランを後にし、宿に戻ってベッドにもぐりこんだ。しかし、横腹に残る鈍い痛みは今日起きたことを現実だと突きつけ続けていた。

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