第3話 『再開したら結婚して』作戦を実行する

 今日はゆう君のお母さんに許可を貰った次の日、つまり、私が引っ越しする前日。

 私は昨夜、ゆう君に電話をかけて「明日は一緒に過ごそう」と約束を取り付けておいた。

 今日、私がやることは一つ──これまでゆう君と一緒に行った地元の思い出巡りだ。


 つまり、昨日の夜の電話の段階で、私は引っ越しする前にゆう君と思い出の場所を回りたいと言っているのだ。


 家族として、もしくはただの幼馴染としか見られていないくとも、流石に私にそんなことをお願いされたら、優しいゆう君は頷く他ないだろうと思ったのだ。


 結果はご想像通り、ゆう君は私のお願いを聞き入れてくれた。

 私はゆう君の優しさに付け入った形にはなったが、最高のタイミングでを言うには、これしかなかったのだ。


 そう、今日のこのゆう君との思い出巡りの最後に、私はゆう君にとあるお願い事をする。いや、お願い事というよりも、約束を取り付けると言った方が正しいかもしれない。


 その約束とはなんなのか。


『再会したら亜美と結婚して』


 これである。


 今日一日思い出巡りをして、ゆう君に明日からは私が居ないと寂しさを感じてもらう……寂しんでくれるよね?


 とにかく、ゆう君に寂しさを感じてもらい、そして最後に、『再会したら亜美と結婚して』と言って、これまたゆう君の優しさに漬け込んで頷いてもらう作戦。

 最高に小悪魔的作戦である。


 ゆう君は私のことを異性として意識していない可能性の方が高いのに、何故そんな大胆な告白が出来るのか。


 答えは簡単。勝算があるからだ。


 勝算確率が高い理由は、大きく分けて二つある。


 ひとつはゆう君が世界一優しいから。もうひとつは、ゆう君のお母さんが“絶対大丈夫”って太鼓判を押してくれたから。


 二つ目の理由に関しては、ゆう君のお母さんがそう言ったのだ。それならば、これ程までに頼もしい言葉はないだろう。

 とは言え、未だに少し不安が残るのは事実だけど。


 とにかく、この二つがゆう君が私の言葉に頷いてくれる可能性──つまり、勝算が高い理由である。






◇◇◇



「ゆう君、今日は亜美のために時間を割いてくれてありがとね?」


 私は今、ゆう君のお家へとやって来ていた。

 そしてお家のベルを鳴らして、丁度ゆう君が玄関から出て来たところだった。


「当たり前だろ? 今日で亜美とは離れ離れになってしまうんだしさ」


 ゆう君は「何を当たり前のことを」といったケロッとした表情をしながら答えた。


「そ、れに、す、少し、でも、亜美と────」


 ゆう君は顔を赤くさせて、何故か俯き、小さな声でモゴモゴと喋る。声が小さすぎて最後の方が聞こえなかった。


「最後の方の声が小さくて、よく聞こえなかったの。今、なんて言ったの?」

「い、いや、なんでもないよ」


 ゆう君は俯いていた頭を上げて、フルフルと頭を左右に振った。


「?」


 私は首を傾げて、疑問符を浮かべる。

 だが、すぐに意識を切り替えて笑顔を浮かべる。


「まぁ、良いや! 今日はよろしくね、ゆう君!」


 私はいつだかのようにゆう君の手を引っ張る。


「あ、ああ。今日はよろしくな」


 ゆう君はなおも顔を赤くさせて、歯切れ悪く返事をした。


 私とゆう君は2人の思い出の場所を色々と回った。


 私たちが通っていた小学校や中学校。昔はよく一緒に行った駄菓子屋や、一緒になってテスト勉強をしたファミレス、初めて2人で行った夏祭り会場の神社など……。その他にも、私とゆう君は色々な思い出の場所を巡った。


 そして思い出巡りも終盤、太陽は傾き夕日が眩しい時間帯。

 私はこの思い出巡りの最後に行こうと思っていた場所に、ゆう君と2人で来ていた。


 見渡す限りの広大な広場。中央には噴水があり、広場の中には湖も見受けられる。

 また、子供が遊ぶためのピラミッド型のクライミングネットやら、小さい子が遊ぶような遊具もある。

 そう、私とゆう君が訪れたのは大きな公園である。


「うわ〜。懐かしいな。小さい時によく一緒に遊んだよな」

「うん、そうだね」


 小さい頃にこの公園でゆう君と遊んだ記憶を思い返しながら、私はその公園のとある場所まで歩いていく。その後をゆう君も着いてくる。

 そして、私はある場所で止まった。


「ゆう君、ここ、覚えてるかな?」


 私は公園の中心である、噴水までやって来た。


「ああ、覚えてるぞ。亜美と初めて会ったところだな」


 私はゆう君を背後に、ふふっと小さく笑みをこぼす。


 私は幼稚園にも入る前、ゆう君と初めて出会った日のことを思い返す。

 

 本当に懐かしい……。ここでお母さんから迷子になって泣いていた私に、ゆう君は声をかけてくれて一緒になって探してくれたのだ。この時、ゆう君のお母さんである優子さんも一緒になって探してくれた。


 私のお母さんを探している間、ゆう君は私が寂しくないようにずっと手を握ってくれて、ずっと笑顔で話しかけてくれた。

 しかも、私と同じ年齢の小さな男の子が。

 本当にゆう君は、ずっと優しい男の子のままだ。


 私はゆう君と初めて出会った日のことから思考を戻す。


 ──よし! 頑張れ亜美! 気合いを入れろ! 今からゆう君に告白するんだ!


 私は身体を翻し、緊張で震えた声をしながらゆう君に問いかけた。


「ねぇゆう君、私が引っ越しする前に1つ、お願いを聞いてくれるかな?」


 噴水の水しぶきが、夕日に照らされてキラキラと輝いている。

 私の頬も夕日に照らされて、真っ朱に染まっていることだろう。


 ゆう君は緊張した面持ちでゴクリと固唾を飲み込む。もしかしたら、私が今からなにをするのか分かったのかもしれない。

 ゆう君も私と同様、顔が真っ朱に染まる。


「も、もちろん。俺に出来ることならなんだって言ってくれ」


 ゆう君は震える声で返事をして、コクンと頷いた。


 それを確認した私は、18年間生きてきた中で1番、緊張が最高潮にまで達する。


 私は高鳴る鼓動を落ち着かせるため、大きく深呼吸をする。


 広場の奥からは子どもたちやその親の声が聞こえるが、私たちの周りはまるで時間が止まったみたいに静かになった。


 私は手をぎゅっと握りしめ、少し震える指先を絡めて見つめる。そして私は顔を上げて、ゆう君の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「ねぇゆう君……、再会したらさ、亜美と、結婚してくれないかな?」


 私はドキドキとした面持ちでゆう君の返事を待った。どうか、『再開したら亜美と結婚して』作戦が成功しますようにと、願いながら。





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