第2話 今の私、今までで1番、最高に小悪魔

 あれは、私とゆう君が初めて出会った日のこと。

 まだ小学校に上がる前……いや、幼稚園に入園する前の話。この日の私は、近所の広い公園でお母さんとはぐれて泣いていた。

 そんな私に声をかけてくれたのが──ゆう君だった。

 そして、ゆう君とゆう君のお母さんは、一緒に私のお母さんを探してくれた。

 これが私とゆう君の初めての出会いだった。






◇◇◇



 私、城ヶ崎じょうがさき 亜美あみには、小学生の時から大好きな幼馴染がいる。

 その幼馴染の名前は相川あいかわ 優人ゆうと


 ゆう君は頭が良いわけでも、運動ができるわけでも、顔がイケメンなわけでもない。

 でも、ゆう君は優しさと親切心を兼ね備えていた。

 そんなゆう君は、まさに名は体を表している、そんな幼馴染なのだ。

 だから私は、ゆう君を好きになったのだ。


 そう、あれは私とゆう君がまだ小学5年生の頃の話。


 私は自分でも容姿が優れていると自負している。


 そんな私が小学5年生にもなると、恋に敏感なお年頃の男子達が皆んな……は言い過ぎかもしれないが、多くの男子達から揶揄われたり、意地悪をされたりするようになった。

 そう、好きな子の意識を向けたいがために発動する、小学生男子あるあるのやつだ。


 例えば男子に髪の毛を抜かれたり、隣の席の男子に消しカスを飛ばされたり、また、小学生っぽい暴言である、『ブス』やら『チビ』やらetc……。

 いや、私が『チビ』なのは事実だけど……。


 とにかく、そういったことをされたり言われたりした時、いつも私を庇ってくれたのがゆう君だ。


 そう言った小さな積み重ねにより、私はいつの間にかゆう君のことを、少しずつ異性として意識し出していた。


 そして、私がゆう君に恋に落ちる決め手となった事件があった。

 それは、女子からの結構ガチ目な嫌がらせをされていた私を、ゆう君が身を挺して守ってくれた時。


 別にモテたくてモテてるわけではないのに、私は容姿が良いので、いかんせん男子達からモテる。

 そんな私を気に入らなかった一部の女子達から、下駄箱の上靴を隠されたり、体操服を隠されたりなどの、一線を越えた嫌がらせをされ始めたのだ。


 それらの行為によって、まだ幼かった頃の私は本気で泣いた。それはもう、わんわんと泣いた。

 ゆう君はそんな私を、いつも慰めてくれた。そして、いつも一緒になって探してくれた。


 ゆう君は私のために、いつも全力で女子達から守ってくれた。

 時には、女子達と言い合いになった時もあった。時には、ゆう君が女子達の標的にされる時もあった。

 それでもゆう君は、いつも私を守ってくれた。庇ってくれた。いつも、私の味方でいてくれた。


 私はまた泣いた。

 だが、この涙は悲しみの涙ではない。

 この涙は、ゆう君の優しさに、親切心に、そして、私を本気で守ってくれる、その格好良さに。


 私はゆう君に──恋に落ちた。


 その後、女子達からの私への嫌がらせの件は先生に見つかり、綺麗さっぱり無くなった。

 まぁ、男子達からの地味な嫌がらせは、その後もちょくちょくあったけど。


 でも、そんなことが気にならないほど、私はゆう君のことが大好きになり、ゆう君にしか目が行かなくなった。


 でも、ゆう君は私のことが異性として好き……そんな感情やら行動やらが見られなかった。


 そこで私はゆう君を落とすべく、行動に移した。


 それは何か?

 無意識小悪魔ムーブだ。

 実際は無意識どころか、全然意識して小悪魔ムーブをしているわけだけど。


 無意識小悪魔ムーブ。

 例えば、ゆう君の身体にピタリと自分の身体をくっ付けて、スマホで動物の写真を見せたり。

 例えば、笑顔を向けてゆう君の手をサラッと繋いで、祭りの屋台に連行したり。

 例えば、ゆう君の肩に自分の頭を乗っけてみたり。


 でも、私がこんなに好意を見せているのにも関わらず、ゆう君は恥ずかしがることもなく、いつもケロッとしていた。


 多分、ゆう君からしたら私はただの幼馴染……それだけの存在なんだろう。もしくは、家族としてしか見れないとか。

 だから、私のことを意識してくれないのだと思う。


 何とも悲しい話だろうか……。






◇◇◇



 私は今、ゆう君のお部屋にお邪魔していた。


 そしてゆう君が私のことをどう思っているのか、それを調べるために今日まで温めていた引っ越しの話を、今からゆう君に話そうと思う。

 

「実は亜美ね……、2日後に引っ越すことになってるの……」


 私は少し俯いたのちに顔を上げて、眉根を少し下げて、悲しそうな表情を浮かべる。


 ゆう君は今どんな表情をしているのかと思い、ゆう君の表情をチラリと盗み見る。

 ゆう君は私の告白に衝撃を受けたのか、驚いた表情をしながら固まっている。


「いきなりでごめんね? でも、切り出す勇気がなかなかなくて、それでこんな直前に話すことになったの……」


 私は少し申し訳なさそうにしながらそう言った。


 因みに、切り出す勇気がなかったから直前になっただなんて、私の真っ赤な嘘である。

 直前まで言わない方が、ゆう君の本音を聞けると思ったからだ。


 例えば、行かないでくれとか。お前のことが好きだとか。付き合ってくれだとか。

 そう言った言葉を聞ける可能性があったから、敢えて直前になるまで言わなかった。


 ゆう君は数秒固まったのち、ぎこちなく口を開いた。


「えっと……。それは、寂しくなるな……」

「うん……」


 ゆう君も少し眉根を下げて、言葉通り寂しそうにそう言った。


 対する私は、期待してたゆう君の反応と違いすぎて、内心かなり驚いていた。

 そしてそれと同時に、ゆう君のその言葉を聞いて、私は内心で本気で悲しくなった。


 これはもう、ほぼほぼ確定かもしれない。ゆう君は私のことが家族として好き、もしくは、幼馴染として好きだということに。


 私は一途の望みをかけて、ゆう君に問いかけた。


「ねぇゆう君……。他に亜美になにか言いたいこととかないの……?」


 ゆう君がここでどんな言葉をかけてくれるのかと少し不安になり、私の瞳が揺れる。


「言いたいこと……」


 ゆう君は数秒考えたのちに、私に言いたいことを話し出した。


「そうだな……。元気でな……ってことぐらいかな。でも、引っ越してはなばなれになっても、俺のことは忘れないで欲しいかな」


 ゆう君の言葉に私は瞳を見開き、少し驚いた表情を浮かべた後、ぷくっと頬を膨らませて、ぷいっと明後日の方向へそっぽを向いた。


「ゆう君なんてもう知らない!」

「ええぇ!? なんでぇ!?」


 ゆう君は驚いた表情を浮かべて、少し声を大きくした。


 私はゆう君の部屋の扉を開けて、廊下に飛び出る。そしてバンっと、力強く扉を閉めた。


 ──バカバカバカ!! ゆう君のバカ!! 行かないでって言ってよ!! 私のこと好きって言ってよ!! 付き合ってって言ってよ!! 


 私は少し涙目になりながら階段を駆け下りる。


 リビングでテレビを見ていたゆう君のお母さんが、私を見て少し心配そうにしながら声をかけた。


「亜美ちゃんどうしたの? なんかあった? もしかして私のバカ息子に泣かされた?」

「ふぇーん! 優子さーん! ゆう君が……! ゆう君が……!」


 私はこの時、瞳に涙を溜めて、失礼なことも厭わず、ゆう君のお母さん──相川あいかわ 優子ゆうこさんに抱きついた。


 優子さんはよしよしと私の頭を撫でてくれる。

 そして優しい声色で語りかけてくる。


「どうしたの? 何かあったのなら遠慮なく言ってちょうだいね?」


 私は一通り優子さんのお腹で泣いてから、涙目をしながらかいつまんで先程の話を話した。






◇◇◇



「なるほどねぇ……。優人の奴がそんなことを……。亜美ちゃんを泣かさるなんて許せないわね……ッ!」


 優子さんが2階のゆう君のお部屋に怒りの形相を向ける。


「そ、そんなに怒らないであげてください! 私に告白する勇気がないだけですから!」


 私は慌てて優子さんを止める。

 これでゆう君が怒られるなんて、流石に不憫だ。


「そう? 大丈夫ならいいのだけれど……」

「はい! 大丈夫です! あと優子さんの服、私の涙で濡れちゃいましたね……。すみません……」

「それくらい良いわよ。それどころか、もっと私のお腹で泣いてくれてもいいわよ?」


 優子さんは、私が涙で服を濡らしてしまったことに責任を感じさせないためか、少しニヤっとしながらおどけてみせた。


 流石ゆう君のお母さん。ゆう君が優しいのなら、そのお母さんである優子さんも優しいのだ。

 凄く血の繋がりを感じる。


「そう言ってくれて嬉しいです。ありがとうございます」

 

 私はその優しさに感謝を示して、礼を述べた。


「あと、ゆう君が私ことを聞いてきても、私がゆう君が好きなこととか、さっき泣いてたこととか言わないでくれると嬉しいです」

「もちろんよ。それにしても……こんなに礼儀正しい子を泣かせるなんて、やっぱり優人の奴は許せないわね……。これは重罪ね」

「も、もう良いですから!」


 優子さんが、また怒りの形相をし出したので、私はもう一度止める。


「それに私、実は1つ、いい考えがあるんです。絶対に成功するとは言えませんけど」


 そう、私には1つ、考えがある。

 私のことを幼馴染とか家族としてしか見れなかったとしても、この考えをゆう君に話したら、多分、ゆう君も御涙頂戴で頷いてくれるはず……。

 今の私、今までで1番、最高に小悪魔。


「そうなの? それはどんなことかしら?」


 優子さんが気になる様子で私を見る。


「実は私、明日ゆう君に──」


 私の考えを優子さんに話した。

 それを聞いた優子さんは、おかしそうに吹き出し、笑い出した。


「あはは!! 亜美ちゃん、それはなかなかの策士ね!! あはは!!」


 うん、私もこれ、なかなかの策士だと自分でも自負しています!


 でも、これを実行するには、まずは優子さんの許可が必要だ。


「それでですね、これ、ゆう君に明日言っても大丈夫ですか?」

「ええ! 私は良いわよ! 優人のお父さんにもこのこと伝えるけれど、おそらく大丈夫よ!」


 優子さんは目尻に溜まった涙を指で拭いながら、明日言ってもいいと許可を出してくれる。


「少しあの人に電話してみるわね?」


 そう言って、優子さんはスマホを取り出し、ゆう君のお父さんに電話をかけた。

 数十秒話したのちに優子さんは電話を切り、私にどうだったのか話す。


「良いって言ってるわ」

「っ! そ、そうですか! やったぁ!」


 私は許可が貰えたことに嬉しくなり、今の自分の感情を表すかのように、表情を緩めてその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「亜美ちゃんの親御さんは? ちゃんと許可貰ってるの?」

「はい! バッチリ貰ってます!」


 私は飛び跳ねをやめて、満面笑みを浮かべて答えた。


「あはは! じゃあ何の問題もないわね」


 続けて優子さんが話す。


「明後日の優人の表情、凄く楽しみね……」

「はい! でも、明日話すにしても、断られたらどうしよう……」

「亜美ちゃん、それはおそらく大丈夫よ。だから安心して明日言いなさい!」


 優子さんは、明日ゆう君に話す私の策士は大丈夫だと、力強く頷いた。


 本当かな……? でも、ゆう君のお母さんの優子さんが大丈夫だと言ってるんだから、多分大丈夫だよね?


 少し不安は残るものの、早く明日にならないかなとワクワクとしていた。


「もしそうなったら、私達は支援するから安心して頂戴ね?」

「っ! ありがとうございます!」

「因みに亜美ちゃんの親御さんは?」

「私の両親も、もしそうなったら支援してくれるそうです!」

「そう。ならあとは優人に話すだけね。頑張りなさい」

「はい!」


 私は元気よく返事をした。


 私は、先程のゆう君の返答時の悲しい気持ちとはまるで違い、今の私の心はドキドキで一杯だった。


「このことを両親にも伝えてきます! なので、今日はこの辺りでお暇させてもらいます!」

「はい、気をつけて帰りなさいね」


 笑顔で手を振ってくれる優子さんに、私はペコリと頭を下げて、ルンルン気分で家へと戻った。


 待っててね、ゆう君。上手くいけば、なんだから!





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