「再会したら結婚して」と言って引っ越していった幼馴染が、翌日隣の家に引っ越してきた
胡桃瑠玖
第1話 2日後に幼馴染が引っ越しするらしい
俺、
その幼馴染の名前は
亜美は才色兼備だけど、少し幼さが残る美少女だ。
身長は平均より少し小さく、顔は日本人特有の童顔で、丸顔気味であどけなさの残る顔立ちをしている。
髪はツヤのあるセミロングだ。
亜美とは幼稚園、小学校、中学校まではずっと一緒のところに通っていたのだが、高校は別の学校に通っている。
まぁ、将来のためというやつだ。お互い同じ高校に通うのなんて、それはラブコメ世界の中だけの話だろう。おそらくだが。
とは言え、それを言ってしまえば美少女な幼馴染がいるというのが、そもそもラブコメ世界な気はするけれど。
とにかく、俺には可愛い幼馴染がいるというわけだ。
そんな幼馴染に、俺は好意を抱いていた。
だが、それも当たり前のことだろう。
なんせ、亜美はやたらと距離が近いのだ。
例えば、こんなことがあったりする。
『ねぇねぇ、ゆう君! これ見てよ! この子すっごく可愛いの!』
そう言って身体をピタリとくっ付けてきて、動物の写真を見せてくることがあったり、はたまたこんなこともあったりする。
『ゆう君ゆう君! あっち行こうよ! 美味しそうなものがいっぱいあるよ!』
亜美は笑顔を俺に向けて来て、手をギュッと握って屋台まで走って行ったり……。
また、こんなこともあった。
『ゆう君の肩、丁度亜美の頭と同じ高さにあるから、乗せやすくてすっごく良いの!』
そう言って、俺の肩に自分の頭を預けてきたり。
こんなことをされて、好きになるなと言う方が難しいだろう。
俺は日々、理性を試されているのだ。
しかもタチが悪いのが、これらの行動全て、おそらく亜美が無自覚でやっているところだろう。
何故そんなことが分かるのかと言えば、亜美がこういうことをする時、全く羞恥心もなくやってのけるからだ。
もし自覚ありきでやっているのであれば、少しは羞恥心を表情に出す筈だ。
もしくは、幼馴染である俺は亜美からしたら、もう家族としてしか見れないから、こんなことを平然とやってのけているのかもしれない。
うん……。正直後者の方があり得る気がする。
だって、他の男にこんなことをしている亜美は見たことがないのだから。いや、高校が別だから、高校に行ってる時の亜美がどんな感じなのか分からないけど。
だが、もし高校で俺以外にも亜美がこんなことをしているのならば、かなり嫉妬してしまう。
とにかく、亜美は無自覚でそういうことをやっていると思うのだ。
そんな亜美から今日、俺からしたら18年人生最大の……いや、今世紀最大の悲しいお知らせを聞かされていた。
「実は亜美ね……、2日後に引っ越すことになってるの……」
亜美は眉根を下げて、少し悲しそうな表情を浮かべる。
亜美の言葉に頭の中が真っ白になり、ベッドの上で固まる。
──あ、亜美、が、2日後に、引っ越す……?
「いきなりでごめんね? でも、切り出す勇気がなかなかなくて、それでこんな直前に話すことになったの……」
亜美は少し申し訳なさそうにしながらそう言った。
それを聞いても、未だに俺の頭の中は真っ白のままだった。
さらに数秒後、ようやく俺の頭が正常に思考しだした。
「えっと……。それは、寂しくなるな……」
「うん……」
ここで行かないでくれなど言えれば良いのだろが、そんなことを言ってしまえば、亜美に迷惑をさせてしまうのが目に見えている。
だって、亜美は俺のことを異性として見ているのではなく、おそらく家族として見ているのだから。そんな奴に行かないでくれなんて言われれば、迷惑してしまうことだろう。
いや、家族と思ってる人から行かないでくれって言われれば、嬉しくはあるとは思うが。
これは自惚れではなく、事実としてそう思っている。
仮に俺が一人暮らしすることを決め、引っ越しするとなった。その時に家族から行かないでくれなんて言われれば、そりゃあ自分のことを大切にしてくれているということは分かるが、同時に自分はもう一人暮らしすることを決めたのだ、と、少し迷惑に思ってしまうことだろう。
「ねぇゆう君……。他に亜美になにか言いたいこととかないの……?」
亜美は瞳を少し揺らす。
「言いたいこと……」
そりゃあ、あるさ。
行かないでくれとか、亜美のことが好きなんだとか、俺の恋人になって欲しいとか。
でも、それらの言葉を言える資格を、俺は持っていないのだから。
だって、亜美からしたら俺なんて家族のように仲が良いだけの、ただの幼馴染なのだから。
「そうだな……。元気でな……ってことぐらいかな。でも、引っ越して
だから家族として、そして幼馴染として、無難な返答をした。
とは言え、さっき言った言葉は本当だ。
好きな人から忘れられるなんて、そんな悲しいことはないだろう。
俺の言葉に亜美は笑顔で頷く……そんなとこだろうと思っていたのだが、亜美は俺の予想とは違った反応を見せた。
俺の言葉に亜美は瞳を見開き、少し驚いたあと、ぷくっと頬を膨らませて、ぷいっと明後日の方向へそっぽを向いた。
「ゆう君なんてもう知らない!」
「ええぇ!? なんでぇ!?」
俺は亜美の予想外の反応に、少し驚いた表情を浮かべた。
◇◇◇
──それにしても……さっきの
俺は部屋から出て行った亜美の先程の反応について、頭を働かせながら考えていた。
さっきの俺の答えの中に、亜美の機嫌を悪くするような言葉は言ったか?
いや、絶対に言ってないと思うんだけどなぁ……。
元気でな、と、引っ越して
この返答のどこに機嫌を悪くする要素が……?
マジで分からん。女子の思考、マジで分からん。
まあ、完璧に他人の思考が分かるとか、それこそ神とかじゃないと無理だと思うけど。
そうだ。母さんに聞いてみよう。母さんならどういう意味なのか分かるかもしれない。
思い立ったが吉日、俺は早速、自分の部屋を飛び出し、階段を降りてリビングへと向かった。そこには、ソファに腰掛けてテレビを見ている母さんの姿があった。
亜美もまだいるかなと思っていたのだが、俺が部屋で考えているうちに、どうやらもう帰ってしまったようだ。
既にそこには亜美の姿がなかった。
とりあえず、先程の亜美の行動原理について、母さんに聞いてみようと思う。
「母さん。今ちょっといい?」
「あら優人、亜美ちゃんを泣かせ──っと、これは言ったらダメよね。それで、母さんに何か聞きたいことでもあるのかしら?」
母さんがリモコンでテレビの電源を消して、俺の方へと振り返る。
何か亜美がどうのこうのと良いそうになっていたが、まぁ、良いだろう。
今は母さんに聞くことが先だ。
「さっき亜美から──」
俺は亜美から引っ越しをすること、亜美から聞かれたこと、亜美にこういう返答をした、と、そして、その返答がどうやらお気に召さなかったこと、それら全てをかいつまんで母さんに説明した。
それを聞いた母さんは、少し呆れた表情を浮かべてボソリと呟く。
「(はぁ……。まさか私の息子がこんなに鈍感だったとは思わなかったわね……。そりゃ亜美ちゃんも苦労するわ……)」
それを聞いた俺は、頭に疑問符を浮かべる。
「母さん、それどう言う意味?」
俺は難聴系主人公ではないのだ。ちゃんと聞こえているぞ。
「なんでもないわよ」
母さんは頭を左右に振って、先程の言葉を誤魔化した。
ふむ……。さっきの母さんのセリフがなんでもないなんてことは間違いなくあり得ないのだが、まぁ、良いか。
「それで、あんたが聞きたいのは、亜美ちゃんがどうしてあんたの言葉でそっぽを向いたか、よね?」
「うん、そう。幼馴染として最高の返答をしたと思うんだけど、何故か亜美の奴が拗ねたんだよね」
「(幼馴染としてだからよ……)」
またもや母さんがボソッと呟く。
俺は難聴系主人公ではないのだ。ちゃんと聞こえているぞ。
「どういう意味なのか、ますます分からんくなってきた……」
母さんの呟きに頭を疑問符で埋め尽くして、ますます困惑する。
「あと、母さんからは何も言えないわ。亜美ちゃんに言わないでって言われてるから。だから、亜美ちゃんの意思を尊重して言えないの」
「……」
なるほど。それなら仕方ないか。
元々母さんなら分かるかもくらいで聞いたわけだし、そこに亜美の意思が関わっているって言うのなら、無理に聞き出そうなんて思わない。
でも、母さんには話して俺には話さないって、もしかして嫌われてる……?
泣いても良いか?
「って言うか、母さんは亜美が引っ越しすること知ってた?」
「ええ、知ってたわよ?」
「俺、亜美に引っ越しのこと聞かされてなかったんだけど。今日初めて聞かされたんだけど。もしかして俺、亜美に相当嫌われてる?」
引っ越しのことすら母さんには話してて、俺には話さないって、それってもう、嫌われてるってことじゃん……。
俺はそれに気づき、先程、亜美から聞かされた引っ越しの話と、その引っ越しの話を今日まで俺にはしてなかったと知り、気分が地の底までズドンと落ちる。
「ゆ、優人! 大丈夫よ! あんたは亜美ちゃんから嫌われてるわけじゃないわ!!」
亜美に嫌われてるかもしれないと知り、気分がどん底に落ちているため、母さんのそのフォローは俺の耳には正しく入ってきていなかった。
「ゆ、優人!」
俺は母さんの言葉を聞き流しながら、肩を落としてトボトボと歩き、リビングを後にして自分の部屋まで戻る。
そして意気消沈しながらベッドにダイブした。
はぁ……。亜美に嫌われてる……。絶対嫌われてる……。しかも明後日には引っ越し……。もう無理だ……。俺はこの先、生きていけない……。いや、死ぬ気はさらさらないけど。
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