ex.イロトリドリの世界

藤沢INQ

白い鳥

 むかしむかし、世界には

 百八羽の美しい鳥がいました。


 赤い羽、青い瞳、緑の尾、黄色の嘴。

 羽ばたきながら虹をまくその姿を讃え、人々は「神さまからの贈り物」と呼んでいました。


 そんなある日。

 一羽の真っ白な鳥が生まれました。


 羽も、目も、嘴も、すべて白。

 その鳥に触れると、花は枯れ、写真は色あせ、

 誰かを好きだった気持ちさえ消えてしまいます。


 人々はその鳥を恐れ、口々に言いました。

「あの鳥は何でも奪い盗っていってしまう」

そして、その白い鳥をイロトリドリと呼ぶようになりました。


 やがて噂は広がり、恐れは憎しみに変わっていき、人々はついに決めました。

「イロトリドリを捕らえて殺そう」と。


 白い鳥は逃げながらも、美しい仲間たちに寄り添いました。けれど、人間の放つ矢や弾丸に怯える姿を見て、次第に群れから少しづつ離れていきました。


 奪うことしかできない鳥は、群れにも入れず、孤独にもなれず、空を翔けるようになりました。


 そんな群れを追う一人の猟師がいました。

 彼は娘を病で亡くし、白い鳥のせいで娘の声も顔も、今ではおぼろげにしか思い出せません。


「俺の大切な記憶を奪いやがって」

 猟師は銃を手に、イロトリドリを追いました。


 ある夕暮れに、銃声が響きました。

 白い鳥はついに撃たれ、羽を赤く染めながら空から落ちていきました。群れは悲しげに鳴きましたが、やがて飛び去ってしまいました。


 人々は喜びました。

「これで世界は救われた」と。


 けれど、不思議なことが起きたのです。


 花びらはいつになっても色褪せず、人は何もかもを覚えたままになりました。


 ――誰も、忘れることができなくなったのです。


 人々はようやく気づきました。

 生きるためには、忘れることが必要なのだと。


 白い鳥は、本当は世界を守る鳥だったのです。


 人々は今も、終わることのない後悔の中で、祈りを捧げ続けています。いつかまたイロトリドリが生まれますように、と。


 色で溢れかえった空の下で。


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