第35話 ガルバス②

屋根の吹き飛んだままの魔法捜査局の倉庫。古びた木箱は、モーリーが飛来したときのまま倒れて転がっている。

その中央には大きな木箱。レムがその蓋を開けると、布に包まれた例の焼死体が入っていた。

これだけは雨に降られても大丈夫なように、大きな木箱――棺桶――に入れておいたのだ。

レムの他には、棺桶を囲むように、ギリー、モーリー、パンザロールが立っている。

更にその横に、酒場にいた男――コンスというらしい――が立っている。目の前に現れた焼死体に怯えてひっと声を挙げた。

思わず身を引くコンスは、これから何が始まるのかわからないといった様子で、目をきょろきょろさせている。

レムが片膝をついた体勢のまま、

「よし、始めるか」

と言った。ギリーが杖を床につき、片手を腰に当てた。

「これ、何を始めるのだ? 貴様に言われてモーリーを呼び出したのだから、説明せんか。モーリー、急にすまなかったな」

「私はいいのよ! 買い物中だったけど、きっとまた面白いことだろうなって」

モーリーの眼鏡がきらりと光る。後ろには魔獣の骸骨やら怪しげな物が、きれいに包まれて山積みになっている。

「思った通り、死体絡みのようだし」

ギリーが半眼で呆れる。

「……これだけは友人といえ理解できん」

レムが腕を組みながら説明を始める。

「今から説明するよ。時間が惜しいからな。まず、そこの……コンスだっけ?」

「は、はい。おいらただの革細工屋で、今日は休みだから飲んでただけでして、ええ、捜査局にしょっぴかれるなんて、悪いことしやしたかね!? うちには妻と子どもが……」

パンザロールが慌てて手を振る。

「そういうことじゃないので、安心してください……たぶん」

「たぶん?」

コンスは胸の前で組んだ手をさらに握りしめた。額に汗が浮いている。

「このコンスは、一月ほど前にガルバスと会った。そのとき喧嘩の仲裁に入って、腕を噛まれた。間違いないな?」

「へい。あの野郎、腕を抑えたらがぶりと噛んできやしてね。嚙み千切るつもりかってぐらいの力でね……痕がなかなか消えませんでしたよ」

コンスが右腕の袖をまくる。

二の腕には、うっすらと痣が並んでいる。ほとんど治りかけで、わずかに赤みの違いで判別できるような痣だが、その丸みを帯びた並びはどう見ても噛み痕だった。

「そのとき、復元魔法は使わなかったんだな?」

「まあ擦り傷や切り傷は仕事柄日常茶飯事なんでね。医療魔導士に頼む金ももったいねえし」

レムが頷く。

「よし。ギリー、復元魔法をこの腕の、傷痕の部分にかけてくれ」

一同が驚く。ギリーの眉間にしわがよる。

「なぜだ? もう怪我はほぼ治っているぞ」

「復元魔法は身体の変化を戻して怪我を直せる。だったら、治りかけの傷痕にかければ……傷が復元する。この考えは合ってるか?」

ギリーが目を見開く。

「……合っている」

パンザロールが身を乗り出す。

「そんな使い方、聞いたことありません!」

モーリーも困惑した顔で唇に指を当てる。

「理屈はわかるけど、復元魔法は数日ぐらい前に戻すのが普通よ。一月分も戻すなんて普通の魔導士じゃ魔力が足りな……あ!」

モーリーがギリーを見る。

ギリーはその視線に気づいたようで、モーリーを見てにやりと笑う。

「なるほど、そういうことか」

ギリーは杖を構え、くるっと回って魔法少女のようなポーズをとった。栗色の髪が揺れる。

「モーリー……貴様、身近にい過ぎて忘れたか? このビルディア史上最高の天才魔導士を!」

「なるほど! うっかりしてた! ギリーの魔力ならきっとできるね!」

(このガキ、なんか前より自分の評価が上がってねえか?)

レムは心の中でぼやきながら、コクリと頷いた。

「そういうこった。頼むぜ、ギリー捜査官」

「任せろ! ラザラ・ラザリオ!」

ギリーが振った杖が光を放ち、緑の光がコンスの腕を包む。

「ひっ!」

コンスは声を挙げたが、後ずさりかけた彼をレムが目線で制す。

「悪りぃが、じっとしていてくれ」

コンスの腕にあった傷痕が盛り上がり、血色を帯びていく。

かさぶたが現れ、更にそれが消え、皮膚の下に赤みを帯びた肉が現れる。傷があっという間に再生していく様を、パンザロールとモーリーが感嘆の声を挙げて見つめる。

「おお……」

「速い、さすが」

ギリーが杖を床にコンと置くと、コンスの二の腕の光が消えた。

「こんなものか」

コンスの腕には、今まさに噛まれたかのような傷ができている。血がにじみ、滴り落ちそうだ。

途端、コンスの顏が苦痛に歪んだ。

「いでででで! うわ、一月前の、あんときの痛みが……!」

「少しそのまま我慢してくれ。あとで治してやるからよ」

「えええ? う、うう……ぐううう」

コンスは身体を震わせながら、二の腕を出したまま痛みに耐えている。

レムが死体を指さし、モーリーの方を向く。

「次はモーリー、あんたの出番だ」

意外な指名にモーリーが目を丸くする。

「わ、私?」

「あんたはネクロマンサーで、死体を操れるんだろ」

「ええ。それが専門だもの」

モーリーが眼鏡を直す。レムは続ける。

「この死体を操ってくれ。とりあえず起こせるか?」

「まかせて」

モーリーは真剣な目で頷くと、杖を掲げ、目をつぶり静かに詠唱を始める。

「魂を喪いし亡骸よ、其は眠りの中。されど吾は命じる。骨の檻を解き放ち、その糸を吾が指に結べ……」

モーリーの詠唱は続く。

レムがふと、パンザに小声で話しかけた。

「ずいぶん長い呪文だな。ギリーはいつも一言で済ますのに」

「モーリーさんが普通なんですよ! ギリー捜査官が凄すぎるんです。どんな魔法も一瞬で発動しますからね。詠唱すらなしで呪文みたいな言葉だけとか、もはや理解不能です」

「……呪文みたいな? あれ、お前らも意味わかってないのか?」

「全然わかりません。聞いたことのない呪文ですよ。たぶんギリー捜査官が研究して独自に編み出したのでしょう」

「いや、違うな」

ギリーが二人の間ら顔を出す。パンザロールがわっと驚く。

「てめえ、聞いてやがったのか」

「近くで話していれば聞こえるわい。パンザロール捜査官、一つ誤解があるので行っておく」

「はい?」

ギリーがふふんと、腕を組む。自信満々の表情。レムは嫌な予感がした。モーリーはまだぶつぶつ呪文を唱えている。

「吾が呪文なしでも魔法を使えるというのは正しい。だが呪文をあえて唱えるのは……」

「唱えるのは……?」

パンザロールがおそるおそる尋ねる。ギリーはパンザロールに向けて、人差し指を立てた。ちっちっち。

「その方が格好いいからだ! だから呪文はその場で思いついた名前にしている!」

「えええええ!?」

パンザロールが驚愕の顏をして、膝から崩れ落ちた。

「どうだ、すごいだろう? ん、どうしたレム」

レムがうなだれ、頭に手をやる。

「俺なりに魔法ってやつを理解しようとしてたのが、急にばかばかしくなってきたぜ……」

コンスが二人とゴーレムのやり取りを見つつ、困惑した顔でつぶやく。

「腕、痛ぇなぁ……」


その瞬間――モーリーが「はっ!」と声を挙げた。全員の顏が向く。

焼け焦げた死体から、ぎし、と音がする。まず人差し指が震えた。そして腕、胸、首、腰からつま先と、震えが広がりガシャガシャと音が鳴る。

そして焼死体は、棺桶の中からゆっくりと、まるで朝の目覚めのように立ち上がった。

モーリーが大きく息を吐いた。

「いいよ。これでしばらくは言う通りの動きをしてくれる」

レムが頷く。

「そうか。そしたら、ガルバスの死体にだな」

「うん」

レムは、コンスを指差した。

「コンスの腕を噛ませてくれ。傷痕のあるところに、ゆっくりとだ」

「えええ!?」

コンスが大声を挙げて後ずさった。

モーリーが眼鏡を光らす。

「なるほど! 歯形の鑑定とさきほどレムが言っていたのは……」

ギリーも目を輝かせる。

「吾の復元魔法で戻したガルバスの噛み痕と、ネクロマンシーで操った死体の歯が合うかを見るのだな!」

パンザロールが顎に手を当ててうんうんと頷く。

「そうか……歯の数や形、並び方までぴったり合えば、この死体はさすがにガルバスのものと……筋は通っている」

レムが頷く。

コンスは一同の様子を見て、自分の歯をがたがた震わせながら叫ぶ。

「ちょちょ、待ってくださいよ! じゃあ俺は今からこの骨に腕をかまれるんですかい!?」

「そうだ」

レムが言うと、コンスはその場から逃げようとしたが、それより先にパンザロールが動いていた。

コンスの肩をがっちりと掴む。さらに遅れてレムも、コンスの胴体を両手でつかみ、焼死体の前まで持ち上げて移動する。まるで赤ん坊を抱っこするように。

「いやだあああ! ぎゃあああ!」

「大人しく腕を出せ! 握りつぶすぞ」

「ひぃっ! うううう……」

レムの迫力に気圧され、コンスは大人しくなり、二の腕を自分の前に突き出した。その腕は震え続けていた。

モーリーは眼鏡をキラキラと光らせながら、杖を右左に細かく振る。

死体がぎしぎしと音を立て、コンスに近づいていく。

「ひぃっ」

「動くなよ。あとで酒でもおごってやる」

「割に合わねえよぉ……」

コンスは目をつぶって、顔を背けている。

焼死体が口を開け、ゆっくりとコンスの腕へ顔を近づける。

その瞬間、全員が息を呑む。


歯列がぴたりと噛み痕に重なった。

「おお! はまった!」

パンザロールが快哉を叫ぶ。

ギリーが下から覗き込む。

「下の歯もすっぽり収まっているぞ!」

レムがニヤリと笑う。

「決まりだな」

「終わったの!? なら、早くやめてくれ~!!」

コンスが悲鳴を上げる。

「ええ~? 私も歯型が合ってるかよく見せてほしいのに」

モーリーがコンスに近づき、眼鏡を片手に持ちながらじっくりと観察する。

コンスは声にならない悲鳴をあげ続け、そして気を失った。

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