第36話 ガルバス③
「もう日が暮れるな。ったく、時間が経つのが早いぜ」
レムが窓の外を見上げる。光がゴーレムの頬を斜めに照らし、無機質な顔にわずかな陰影を刻む。
レムとギリー、そしてモーリーとパンザロールの四人は、ギリーの部屋に集まっていた。
ギリーが即席で出した椅子にモーリーとパンザロールが座り、ギリーのための大きな机の前に陣取っている。
その机の脇に、レムは胡坐をかいて座っていた。
ケセが机の上に三人分の紅茶を用意し、湯気とともに甘い香りが広がる。
パサは軽食のパンやハムらしきものを運んできている。クッキーのような菓子もあった。
その一つをつまみながらモーリーが言う。
「そういえばあのコンスさん、大丈夫だった?」
パンザロールはパンを手に取り、具を挟みながら答える。
「ええ。目が覚めて、帰って行きました。もちろん歯型は復元魔法で処置済みです。でも青ざめてましたねえ、捜査局に嫌なイメージをもたれないといいのですが」
ギリーが紅茶のカップを机に置く。
「捜査に協力できたのだ! むしろ喜ぶべきだな」
レムは飲食をする彼らを見ながら、ふと煙草が吸いたくなり、頭を振った。
「ま、とにかく。これで死体がガルバスのものだと確かめられた」
一同が頷く。
「さすが吾が助手だ。見事だったぞ」
ギリーは紅茶を片手に得意げに頷く。
「どうも……これでやっと、サダナとガルバスの関係を洗うのに焦点を絞れる。ネブリカの声と合わせて考えれば、ガルバスはサダナから金を脅し取ろうとした。そして殺された。殺した犯人はリシェルかサダナの可能性が高いが……とりあえずそれは置いておこう」
レムは胡坐をかいたまま、石床に指で線を引きながら思案している。
「ねえ、私ここにいていいの? 捜査局の人間じゃないけど」
モーリーはおそるおそるカップを両手で包む。
「せっかくだからいればいい!」
ギリーがクッキーをつまみながら笑う。
(せっかくじゃねえだろ……ま、部外者だがモーリーの知識は役に立ちそうだからな、いてもらうか)
レムは心の中で呟き、ため息を吐く。
パンザロールが手元に合った書類をめくる。
「サダナとガルバスの関係としてまず思いつくのは傭兵として雇われた可能性ですね。既に部下に当たらせていますが……サダナ子爵の傭兵の雇用記録は、屋敷の火事で焼失してしまっています」
「また火事か……リシェルの肖像画もそうだったな」
レムが眉をひそめる。
「仕方ないので、サダナ子爵の傭兵だったものを当たっています。ただ傭兵というのは横のつながりが薄いもので、今のところ話を聞けた何人かで、ガルバスを知っている者はいません。これは調べを続けますが……いつわかるか」
パンザロールは紅茶に口をつけ、苦い表情を浮かべる。どうもこの男はお茶全般が苦手らしい。
ギリーが腕を組んで、口元に手を当てる。
「傭兵ギルドはどうだ?」
「ギルド? なんだそりゃ?」
レムが眉間に皺を寄せる。
「傭兵はギルドに所属して仕事をもらう。領主が傭兵を集めるときも、ギルドを通して募集を出すことが多いのだ」
(……職業組合兼斡旋所みたいなものか。似たような仕組みはどこの世界にもあるんだな)
レムが黙ったのを見て、パンザロールが書類をめくる。
「はい、そちらも調べさせています。ただギルドでの傭兵募集は、終わったら記録なども保管されませんからね。ここ最近なら担当者が覚えているかもしれませんが……」
「ガルバスは怪我をして傭兵を辞めたらしいからな。金に困ってたらしいし、ここ何年かの内の話じゃねえだろうな」
パンザロールはため息をつく。
「そうなんですよねえ……こちらも地道に調べを続けますが、大審院の審理まであと六日……何か情報が出てくるかどうか」
「サダナの供述は相変わらずか?」
レムが片膝をあげ、肘に乗せる。
「はい。自分がガルバスを殺した。リシェルの行方は知らない。偽装工作も自分はしていない。火事になった理由も知らない、と供述しています」
「都合の悪い所はないないないで通すつもりか……事件当夜のアリバイの件は?」
「ミナの家に行く前に、急いで屋敷に戻ったと言っています。走って行くには間に合う距離ではないので……部下に魔法でそれが可能か確かめさせています」
椅子の背に寄りかかっていたモーリーが、興味深そうに身を乗り出す。
「へえ、どんな魔法?」
パンザロールは少し困ったように笑う。
「まずは箒で飛ぶ。これは速いけど、最短なら市街地の上空を通過することになります。夜とは言え、さすがに目撃者が出るはず。しかしそういった証言はない。犯行のあった晩に不審な物を見なかったかも聞き込みしていますが、今のところ特には」
「なるほどねえ。ギリーならどうする?」
「目立たぬように速く……か。吾なら透明になって箒で飛ぶな」
ギリーが胸を張る。
「箒で飛びながら透明になるなんて、ビルディアで何人できるか」
パンザロールが苦笑する。ギリーがパンザロールに向かって指を立てる。
「魔法薬で透明になればよかろう! そうすれば飛ぶことに専念できる!」
「でも、透明になって飛ぶなんて危なくない? 他の箒や絨毯、空を飛ぶ生き物に衝突するかもしれない。それで速く飛ぶなんて私には怖くてできない」
モーリーが肩をすくめた。パンザロールがモーリーを見て笑う。
「事故の危険性は跳ねあがりますよね。しかも夜ですし」
「だったらいっそ、空を飛ぶ生き物に変身する方が良いな。ドラゴンとか」
ギリーが冗談めかして指をくるくる回す。
「めちゃくちゃ目立ちそうですね……目撃証言はありません」
パンザロールが苦笑いをする。この男は苦笑いが癖になっているな、とレムは思った。
「だいたい、ドラゴンに変身なんてギリーぐらいしかできないよ」
モーリーが笑いながら言った。パンザロールが続ける。
「そもそもサダナ子爵は、魔法はあまり使えないようなんです。箒で飛ぶのも控えていたと、使用人から聞いています。一応、ギリー捜査官やモーリーさんと同じ魔法学院に通っていた経歴はあるんですが、一年足らずで辞めてしまったようで」
「へえ! でもそれなら魔法は本当に苦手なのね」
レムは黙ってそのやり取りを聞いていた。机の上からこぼれてきたパンくずを指先で払う。
(魔法の種類も様々で、使う能力にも優劣がある……ギリーに至ってはこの世界でも非常識。魔法薬やら、ネブリカみたいな魔法道具もある。まったく、事件捜査には面倒すぎるぜ、魔法世界は)
「どうしたレム、やけに大人しいな?」
ギリーがカップを揺らしながら、レムの顏を覗き込む。
「魔法について俺は素人だからな。その辺の議論は聞いてるしかねえ。それより別のことを考えていた」
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