第34話 ガルバス①

古びた家々や商店が並ぶ通りを土埃が舞う。

その一角に、古びた木製の看板をつけた店が出ている。そこには――酒場〈サルン・ムルガ〉――と書いてある。

中は薄暗く、煙草と酒の匂いが立ちこめている。

昼間から酔っ払った男たちが、木のテーブルを囲んで笑い合っている。

カウンターの隅では、顎髭の白髪の男――ケイズが酒瓶をあおっていた。

「ふぅ~、仕事を休んで昼から飲む酒はうめぇな」

「ケイズのおっさん、もうトシなんだから飲みすぎんなよ」

「ほっとけ。酒は魂の浄化よ」

酒場に笑いの声が起こる。

その瞬間、バン!と大きな音とともに酒場の扉が吹っ飛んだ。

「おわぁ!?」

「なんだ!?」

ざわめきが起き、全員の視線がそちらに向かう。

逆光の中、巨大な赤褐色のシルエットが立っていた。その肩に小さな人影。

「ゴーレム……?」

ケイズは自分を落ち着けるように、酒瓶をあおった。


「おいレム! そろそろ加減を覚えんか!」

「う……」

レムの肩に乗ったギリーが、レムの頭をぽこんと叩く。レムは気まずそうに、自分の手の平を見つめていた。

(このオンボロ扉が固くて、ちょっと力をこめただけなんだが……)

「なんだ!? てめぇら!」

酒場の奥で怒声が上がる。

レムの後ろからパンザロールが飛び込んできて、声を挙げる。

「申し訳ない! 我々は魔法捜査局の者だ! 扉はあとで直しておく」

また酒場がざわついた。

「まほそう……!?」

「なんでこんなところに……?」

あちらこちらから声が聞こえる中、レムがゆっくりと店の中を進んでいく。

床板が軋むたび、店の空気が重くなる。


ケイズは唖然としたまま、巨大なゴーレムの様子を見ていた。

そのゴーレムは手元に水の玉を持って、そこに映った顔を見ては、酒場の人間たちを確認する。

――顔、ケイズはそこに映った顔が、自分だと気づいた。

そしてゴーレムと、目が合う。


レムは酒瓶を持ったまま呆けている髭の男に近づく。頭は天井につきそうだった。

「ケイズってのはあんたか?」

「え? あ、ああ……そうだが……え?ゴーレムが喋ってる?」

ケイズはまだ状況が飲み込めていないらしく、酒瓶を慌てて口に含み、息を吐く。

レムの肩に乗ったギリーがケイズに話しかける。

「吾はギリー! 一級魔法捜査官だ! こいつは助手のレムだ!」

「一級魔法捜査官がなんで……?」

落ち着きかけたケイズは、また目を丸くした。

パンザロールがレムの後ろから現れ、ミモリを出す。水球の中に顔に傷のある男の画が浮かび上がる。

「私の部下が、これを持ってあなたを訪ねたはずです」

「ああ、ガルバスのことかい……そういえば昨日、まほそうの若いのに聞かれたっけな」

レムがふぅと息を吐く真似をする。ゴーレムに呼吸は必要ないが、人間の頃の習性がそうさせる。

「探したぜ……あんたが知ってるって答えたとき、捜査局まで連れてくれば早かったんだがよ」

「あのときは、ここまで急ぎになると思っていませんでしたからね……」

パンザロールが頭をかく。

「ガルバス……と言ったな。この男の名前で間違いないんだな」

レムが、パンザロールの持っているミモリを指さしながら言う。

ケイズが頷く。

「あんたとの関係は?」

レムがギリーを肩から降ろし、木の椅子に座らせる。

自身は胡坐をかき、目線を合わせて座る。

パンザロールはその後ろで腕を組んで、一歩引いて立っていた。

「しかし……よく喋るゴーレムだなあ」

「吾が作ったのだぞ!」

「はは、嬢ちゃんが? 長く生きてると面白いことがあるねえ、魂が洗われた心地がするぜ」

ケイズが表情を曇らせ、静かに瓶を置く。

「ガルバスは……そうだな、戦友というやつだった。……ゴーレムの旦那、あいつは何をやったんだい?」

「ころ……いや、なんでもない!」

ギリーが喋りかけたところで、口を押さえる。

レムがにやりと口角を上げる。

「俺のことはレムでいい。ガルバスって男、何かやりそうだったのか?」

ケイズがまた一口、喉を鳴らして酒を飲む。

「一月ほど前かな……道端でばったり会ってな。十年ぶりの再会さ。とりあえず酒でも飲むかってここに来て……最初は思い出話に花が咲いたんだがな。……酔いが回ってきて、ガルバスの野郎、とんでもねえことを言い出した」

パンザロールが身を乗り出す。

「とんでもないこと?」

「ある貴族の秘密を握ってる。そいつを脅して金を巻き上げようとしてるが、手伝ってくれねえか、とよ」

「金を巻き上げる……!?」

ギリーが目を見開く。

「ずいぶん金に困ってたみたいだった。俺たちは元々傭兵だったんだが、俺はもう引退した。あいつは何年か前に大けがしてな。復元魔法でも完全には治らず、戦えなくなった。ヤバい仕事にも手を出したって、自慢げに話してたよ」

レムがパンザロールを見る。

「そういえば……ガルバスという名前、聞き覚えがあります。数年前、魔法薬密造事件の容疑者に同じ名が……局に戻れば記録があるはずです」

レムが頷く。

「金になる貴族の秘密ってのは?」

「俺が手伝うのを引き受けるなら教えてやるって言われた。こっちはそんなの御免だぜ、まともに働けよって……そこまで言ったら、殴りかかってきやがった」

カウンター席の男たちが笑いながら口を挟む。

「そん時か! あのクソ野郎、爺さんから引きはがすのに苦労したぜ」

「俺なんか噛みつかれたぞ。まだうっすら痕が残ってる」

一人の男が二の腕を出して見せる。店内にどっと笑いが起こる。

「てことで、それ以来会ってねえな」

ケイズが酒瓶を口にくわえる。ギリーが身を乗り出す。

「では、聞いていないのか! 貴様、金が欲しくなかったのか?」

「嬢ちゃん、俺は酒が好きだ。いい酒ってのは魂の汚れまで洗い流してくれる気がする。だから素性の悪い酒で魂を汚したくねえ。あんたも大人になったらわかるよ」

ケイズは酒瓶を口から離し、ぷはぁと息を吐いた。その酒臭さにギリーは眉をしかめる。

「吾は大人のそういう物言いが嫌いだ!」

ケイズがほっほっと笑う。

レムが腕を組みかえた。

「爺さん、傭兵だったってな」

「ああ。血生臭い仕事もしたぜ……若かったな」

「悪いが俺は生まれが最近でな。傭兵ってのは何をするもんか教えてくれ」

「ほっ? ゴーレムの旦那、生まれたてかい。……ビルディアはここ数十年戦争はない。傭兵ってのは、もっぱら魔物の相手さ」

「魔物?」

ギリーがレムに向かって振り向き、指を立てる。

「ドラゴン、ゴブリン、アンデッド……人を食う奴らは多いのだぞ」

「獣人とは違うのか?」

「全然違う。あやつらは話が通じるし、人も食わん。条件を満たせば市民権も与えられる」

レムが頭をかく。

「そういう違いが俺にはわからねえんだよな……まあいい、魔物退治が仕事ってことだな」

「辺境の村が襲われりゃ、領主が傭兵を雇う。俺たちはそうやって食ってた」

「領主……貴族のことか?」

「そうだ」

レムの目の奥がわずかに赤く光る。

「サダナ子爵は知っているか?」

「もちろん。北西部の領主だろう。俺も何度か世話になった。先代の方だがな」

「ガルバスは?」

「聞いたことはねえな……あっても不思議じゃねえが」

ケイズは酒瓶をテーブルに置く。そこに誰かが置いていった魔報紙の一枚を見つけ、じっと見る。

「そういえば子爵邸が燃えたって事件。リシェル夫人が死んだと思ったら、子爵が別の男を殺したと自白したって……その話で今日ももちきりだったよ。なあ、もしかして、その殺された男って……」

「おお! よくわかったn……ごふ!」

ギリーの口を顔ごとレムの手が素早く覆う。ケイズが目を見開いている。

(まだまだ真の捜査官への道は遠いな……)

レムは立ち上がり、ギリーを持ち上げて肩に乗せた。

「爺さん、ありがとうよ。今度酒をおごらせてもらおう」

パンザロールに向く。

「パンザ、ガルバスについて調べられるか? 最近どこに住んでて、何をして過ごしてたか、金回りはどうだったか……」

「すぐにやらせます」

ギリーが小声でレムに話しかける。

「ケイズの話、ネブリカの最後の声と一致するな」

「そうだな」

「ではやはりあの死体は、ガルバスか?」

レムが頭を抱える。

「お前……しょうがねえなあ」

ケイズが呆然とする。

「やっぱりガルバスのやつ……死んだのか?」

店が静まり返る。

ギリーが気まずそうに俯く。

「すまん……」

レムが息を吐き出す。

「確かにつじつまは合う。だが言ったろう、ギリー捜査官。そういうときこそ必要なのは確証だ。俺たちは一度、死体の見極めを間違えた。また繰り返すわけにはいかねえ」

「そうだったな。骨になった死体がガルバスという確たる証拠か。どうすれば……?」

ギリーが腕を組み、唇に指を当てて考える。

レムもしばらく押し黙ったあと、ふと何か思いついたようにギリーを向く。

「治療に使う復元魔法とかいうのは、死体に使えねえのか?」

「死体を復元するということか? 面白い考えだが、それは無理だ。復元魔法と呼んでいるが、厳密には生き物にしか効かん。体の変化を元に戻す魔法なのだ。だから小さな怪我を治すのには効果的だ。しかし広範囲だと治る早さがずれて後遺症につながることがある。あとは病にも効きにくい。そして一番重要なことだが、死人には全く効かん」

「生きてないとだめ……ま、それができればとっくにやってるか」

「死人に効かんのは魂の問題かのう……今度研究してみたいものだ」

ギリーがぶつぶつ考え込み、ケセとパサが首をかしげる。

レムが周囲を見回す。

静まり返る酒場の中で、ふと目が止まる。先ほど、バルガスに腕をかまれていたといって、二の腕を見せていた男。

あいつは何と言っていた? 確か――うっすらと痕が――

レムが男を指をさす。

「おい、そこの」

「え? 俺?」

「お前、さっきガルバスに噛まれたって言ってたな?」

「ああ、がぶりとやられたよ。やっと傷が治って……」

レムがギリーを振り返る。

「ギリー! 復元魔法ってのは、お前も使えるのか?」

「吾を誰だと思っている! もちろん使えるわ! だがさっきも言ったが、死体の復元はできぬぞ」

レムがにやりと笑う。

「そっちじゃねえ。俺たちがするのは――歯型の鑑定だ!」

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