第28話 再捜査②

「違和感とは、なんだ?」

ギリーが足をぶらぶらさせながら、屈んだままのレムに尋ねる。

「やつが殺しの犯人なら、どうして屋敷を燃やした?」

ギリーが眉をひそめる。

「それは……死体がリシェルだと吾らを騙すためではないのか? 貴様とモーリーがいなかったら、今も吾はそう思っていたぞ」

「それは死体を燃やした理由で、屋敷まで燃やした理由じゃねえんだ。それだけのために、自分の財産を丸ごと燃えカスにするか?」

レムが両手を広げる。

屋敷の跡は黒い焦土が広がっている。その向こうには芝生、そして林が敷地を囲んでいる。

「他の場所で焼死体にしちまえば済む話だ。サダナにとって何の得もない。ということはやはりサダナは犯人じゃねえのか……? サダナに恨みを持つ野郎が、ついでに家も燃やしてやろうって方がまだ納得はできるぜ……」

「ふむ。しかしサダナを恨んでいるなら……サダナを殺せばいいのではないか? リシェル夫人……ではなくて、殺されたのはどこかの男だぞ」

レムが笑いながら頷く。

「まったく、この事件は辻褄がさっぱり合わねえ。結局はそこなんだ。殺された男は誰だ? しかもリシェルに見えるように偽装までされていた。その絵図が書けねえと、おそらく犯人にはたどりつかねえ」

「絵図、か……そのためには、新しい証拠が要るのだな」

ギリーが首を傾げ、とんがり帽子がずり落ちる。あわててギリーは帽子を手で抑えた。

レムが立ち上がり、灰の中を一歩進む。

「……あの死体が誰のものかわかればいいんだが……そんな都合のいい魔法はなさそうだしな」

ギリーはたった今手に収めた帽子を外す。栗色の髪がふわっと広がった。じっとその帽子――ネブリカ――を見つめる。

「ネブリカに聞いてみるか?」

「なに?」

ギリーがそっと立ち上がり、ネブリカを胸の前に掲げる。シート状になっていたパサが元に戻り、ケセとともに周囲を舞う。

「その……ネブリカが集めたのは魂の断片だから、完全な復元ではない。だから質問に答えるかはわからない。ただ、魂の持つ感情を一時的に高めれば……もっと多くのことを話すかもしれない」

「なんだと? そんなことができるのか?」

身を乗り出すレムに、ギリーは思わずたじろぐ。普段の自信のある態度が急になりをひそめる。

「だが、死者の声が……言った事に、確証があるか、わからない……だろ? やっぱり……やめておくか」

ギリーは最後には小声になり、帽子を胸の前でずり下げる。

レムがギリーの肩に手を置く。

「どうした元気がねえなあ? 魔女っ子」

「え?」

「天才なんだろ? だったら魂引っぱたいてなんでも言わせてやる!ぐらいのことは言えねえのか? ま、しょうがねえな、大ミスやらかしちゃビビッちまうよな。特に12歳のお子ちゃまじゃあ……」

ギリーがネブリカを握りしめ、震える。顔を上げてレムをにらむ。

「馬鹿にするな! 本当に貴様は敬意が足りぬ! 吾はビルディア始まって以来の天才魔導士、ゲィリィナ・ヴァリドルだぞ! 見ていろ」

ギリーが杖をつかみ、空へかざす。

渦を巻く風。灰が宙に舞い上がり、髪がたなびく。

ネブリカがふわりと浮かび、赤い光の輪を帯び始める。

(やれやれ、面倒なガキだぜ……)

ギリーが目を閉じ、低い声でささやく。

「スルビィナ・ギド・ネブリカ 眠れる魂よ……答えよ……其は何者か」

ネブリカの目のような亀裂が二つ、ぱっくりと開き、血のように赤く輝く。

「サダナァァ……裏切り者ぉぉ……」

ギリーが目を開ける。杖を握った腕をグンと突き出す。更に風の渦が強くなり、ギリーの身体が押されていく。

「答えよ!」

「裏切り者ぉぉ……」

ネブリカの亀裂が徐々に細まる。ギリーの顔が歪む。

「やはり……だめか」

そのとき、後ろに下がるギリーの背中を、大きな手が抑えた。レムだ。

「サダナは裏切り者だと言ったな。お前は、何をサダナと約束してた?」

レム自身も身を乗り出し、逆巻く風の中で、ネブリカに声を荒げる。

「……金」

ネブリカが声を発する。その声は最初に聞いた男女とも子どもともつかない声ではなく、はっきりと低い男の声だった。

ギリーの目が見開かれる。

「金、金、金をよこせぇぇ! 金、金…………」

「何の金だ?」

「金ぇええ! 金ぇええええ!」

レムが舌打ちする。

「ちっ、がめついやつだな……」

ギリーがネブリカをじっと見つめる。

「がめつい……執着……そうだ!」

ギリーが指を鳴らす。

すると空気が震え、金貨の詰まった袋がふっと現れ、どさりと音を立てて地に落ちた。

「金の音だあああ!」

ネブリカが金貨の袋に向かって飛びかかる。

「レム!抑えてくれ!」

「おう!」

レムが瞬時に腕を伸ばし、帽子の鍔をつかむ。

帽子は歪み、もがくようにバタつく。

「金……よこせ! 俺の、金……!」

「貴様が問いに答えるならこの金はやろう。貴様は何者で、どこから来た?」

ネブリカの動きが激しくなり、レムの手をすり抜ける。

「滑った! くそ!」

帽子が金貨の袋に覆いかぶさり、ひと暴れし、動きが止まる。。

「……俺は金をもらう……裏口から入って……くそ!……サダナ、あの女、裏切り者め……」

徐々に声が弱まり、亀裂が閉じる。帽子はくたっと地面の上で、力を失った。

ギリーが杖をつき、体を支える。よろめき、倒れかかる。それをレムが慌てて支える。

「おい! どうした?」

「疲れただけだ……ネブリカが吸った魂に吾の魔力を注ぎすぎた。そのせいで、もう、魂は蒸発してしまったがな……」

「蒸発……?」

「もう死者の声は聞けんということだ。だから使いたくなかった……吾が作った、魔法道具……捜査の決め手になるはずだった」

ギリーは目を細め、寂しそうな顔をする。そしてレムの腕に抱えられながら、微笑んで見せる。額に汗が浮かんでいる。

「だがいくらか話は聞けたぞ。レム、どうだ、吾の力に畏敬の念が、生まれただろう……?」

ギリーは目を閉じる。

「へろへろでよく言う……だがまあ、やるじゃねえか、ギリー捜査官」

レムの腕の中で、ギリーの小さな体から力が抜けていく。

「おいっ……寝ちまいやがった」

風が静まり、きらきらと灰が舞い落ちてくる。レムはギリーの額をそっとなでた。

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